川底を覗いているとき

昔、まだ人に雇われていたとき、僕は勤めていた設計事務所から借りていたアパートまでたまに歩いて帰っていた。終電を逃したときだ。距離的には5kmぐらいだったから1時間も歩けば帰ることができた。

とはいえ、終電を逃すような時間まで働いていれば、少しでも早く帰って寝たいところだが、タクシーをガンガン乗れるほどの給料は貰えてなかったので、ちびちびコンビニで買ったものを齧りながら歩いて帰るのが常だった。そんな生活をしていた時、妙に気にかかる人にすれ違ったことがある。

僕が住んでいた町と、設計事務所があった町の間を行き来するためには淀川を必ず越えなくてはならなかった。深夜、たまに橋を渡っていると、時々釣竿を出している人がいることに気づいた。

大概の河川には漁業権があるが、僕が知っている限り淀川に漁業権はない。だから淀川で釣ったり獲ったりしたものは基本的にどう扱ってもいいのだが、大阪で過ごしたことのある人ならわかるが、淀川はどう言い繕ったって清流ではない。今はマシになってはいるが、昔は結構、というか本当に水質の悪い川だった。

そこで深夜に釣りをしている人がいるのだから、変わった人もいるもんだと思っていたのだが、何かがおかしい。近づいてみてみると、釣りをしている人の格好、服装が、明らかにレジャーで釣りをしている人ではないのだ。プロの漁師のような格好をしているわけではない。プロはプロでも料理のプロの格好だ。料亭とか割烹とかの調理場でよくみる、あの白い格好だった。

なぜか気になるので、その人と少し離れた位置で立ち止まって、僕も川を覗いてみた。夜とはいえ、川の匂いが鼻につく。何を釣っているのかが気になったので、手すりにもたれながら横目で伺っていると、彼は一尺ぐらいの魚を釣り上げた。そして足元のバケツに、釣り上げた魚を入れ、さっと竿をしまって帰っていった。残された僕にはさらなる謎だけが残された。

レジャーであるなら、キャッチアンドリリースだと思うんだが、持って帰るということは捨てるか、食べるかのどちらかでしかない。しかし淀川の魚が美味しく食べられるのだろうか。泥抜きとか手間をかけてまで食べる価値のあるサカナが釣れたのだろうか。

仕事をしていると、深夜に橋の上で川をじっと見たくなるときだってある。そういう気持ちは僕にも理解できる。そういうときに竿を出す気持ちもわからないでもない。ただその時は僕は間違いなく、淀川の魚を出す料理屋さんとはどんな店なのかということばかりを考えて歩いていた。

その後、僕は幾度も彼と橋の上ですれ違ったが、結局声をかけることも、お店の場所を聴くこともできなかった。まぁ聞いたとしても、僕の給料で行けたかどうかわからないけれど。

今となって思うことは、深夜、橋の上で、川底の方をじっと眺めている人間がいたら、他の通行人や、車のドライバーから見たら、結構気になる存在だなぁ……ということだけである。

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