試される開催地・大阪

2019年1月9日

年初めにも書いていたのですが、2025年に大阪で万国博覧会を開催するそうです。ですが、関西圏で仕事をしていると、どうも景気の良い話を聞きません。儲かるのは一部で、一般人は儲からない話ばかりになると予想している人が多いような気がします。なぜだろうっていうのが今回のお話。

経緯としては、大阪と開催を争ったのはロシアのエカテリンブルク、アゼルバイジャンのバクーです。当初はフランスも立候補していました。ですがフランスは去年の今頃、2018年の1月に立候補を取り下げています。理由は儲からないから。「政府がこのイベントに保証を与えることによって財政を危険にさらすことはできない」として辞退してしまいました。

辞退の根拠となったのは、2015年のミラノ万博の来場者数と言われています。Expofrance 2025委員会の来場者数の予想は3500万〜4000万人でしたが、実際は2220万人(ミラノ市は2000万人と予想していたので、予測としては正しかったのですね) 。同じEU圏内で、物や人の移動が比較的容易な北イタリアで、この来場者数でしたから、フランスとしても人が思ったようには集まらないと踏んだんでしょう。それにフランスは2023年にラグビーW杯、2024年にオリンピックが控えてますから、そちらに資本を集中したいのかもしれません。

2000年以降の万博の来場者数を振り返ってみると、2000年のドイツ・ハノーヴァー万博は1800万人を集めたけれど、1200億円の赤字。2005年の愛知万博の来場者数は2204万人で黒字でした。2010年の上海万博は7000万人を超える来場者でしたが、収支は公表していません。

大阪府のWEBを観ると想定入場者数は「2800万人」と書いてあります。根拠は書いていないのでよくわかりませんが、多分えらい人たちがなんらかの計算をしているのでしょう。予算は会場整備に1500億円、運営費830億円程度を見込んでいるようですが、直近で7000億円で予算組んで、イベントが始まってもいないのに3兆円まで膨らんでいるイベントもあるそうですから、運営がまともであることを祈るしかありませんね。

その上、会場まで地下鉄を延伸するらしいのですが、これは公共交通機関ですので大阪メトロが出資するかと思いきや、IR業者に200億円ほど出してもらう計画だそうです。すごいですね。僕がIR業者なら、万博の開催日程が決まっているんだから、それを交渉の材料にしてしまうと思いますよ。「万博の時に地下鉄無いと困るんでしょ?でも200億円はムズカシイですね。作る期間を考えたらすぐにでも着工しなくちゃならないですけど、頑張ってくださいね」って

インフラ整備が必要な国なら、万博をきっかけにできるのでしょうが、もはや大阪のような大都市ではメリットが薄いというか、インフラの整備にお金がかかりすぎるんでしょうね……そもそも大阪がIRに選ばれるかもわからないのですから。

結局、愛知万博を開催して愛知県がよくなったのか?あんまり聞いたことがないんですよ。空港ができたからそれはよくなったと思いますけどね。同じことを大阪に問われるのですよ。万博開催してよかったなぁと思われなきゃやる価値がない。残念だけど、僕が物心ついたときから大阪は常に衰退してきたわけです。その速度を早めるだけなのか、少しでも延命できるのか、試されているわけです。

新年のご挨拶

2019年1月2日

2019年もよろしくお願いします。

今年は元号が変わったり、消費税が上がったりするらしいです……というかします。大阪には万博がくるのが決定したので、関西の建築に関わる人間としては、どのくらい影響があるのか、正直悩ましいところであります。

まぁ淡々と仕事をするしかないのですけどね……

一緒に暮らしてるのに、よくわからない……

2017年9月24日

ボクが子どもの頃は室内飼いのイヌなんて数える程しか見なかったのですが、最近は当たり前ですね。ボクが住んでいるマンションも、中型犬までは飼っても良いことになっていますので、エレベーターやエントランスホールでたまに出会ったりします。

設計の方では、その昔イヌ&ネコのために工夫したことがありましたが、入居後、1週間ほどで腰壁の板が引っかき傷で一杯になっていました。玄関に作ったネコ用の出入口は、イヌが鼻を出して外の様子を伺うのに使われ、ネコはあまり出入りしてくれなかったようです。

ネコにどこが気に入らないのか、聞くわけにはいかないのと、あれ以来、そういう依頼もトンとないので、正直ほったらかしですが、まぁこういう本が出るくらいなので、設計者としてはこういうことも勉強していないとダメな時代なのかと……自分の体験だけでは汎用性がないですからね……

メンテナンス以前の問題

2017年5月8日

去年から子供向けにマンションの防災やら何やらを教えるというのが3回ほどあったので、思うところを書いておこうかなと思います。

別に住居にかぎらず、車とか設備機器とかをメンテナンスしなくなったよねってことなんです。なんとなくだけど、子供の頃にボルトの回し方とか、ドライバーの回し方とかを知っていた方がお得かなぁ…ぐらいに考えてたんですけど、この前、自分のスマートフォンの裏側みて、考え改めました。

ビスがないんですよ……

ボクの小さい頃は興味があれば、ラジカセでもラジオでも、ドライバーがあれば中身みれたし、自転車でもレンチで分解できたんですよね。でも、今のスマホでもタブレットでも、出来の良い奴はみんな裏側まできれいなんですよ。分解したくても取り付くシマがないという感じでしょうか……

「壊れたら買い換える」という考え方は悪くないけど、子供の頃に手を汚すのはやっておいた方がいい感じがします。そうしないと、災害の時に損をするのじゃないのかなと思う程度なんですけど……

それよりも「そんなこと教えるぐらいなら、今の時代、数学とプログラミングを教えた方がいい」といわれたら、全くその通りで、反論の余地はないかな。必要とされる外国語は、日本の国力が弱って、海外に出稼ぎに行くようになれば、自然とできるようになるんじゃないのかなぁ……

2017年 新年のご挨拶

2017年1月1日

2017年もどうぞよろしくお願いします。

ということで、何やら思うことをつらつらと……

去年ぐらいから、マンション関係の仕事について、自分の名前で仕事を取っていけることがぼちぼちできるようになったので、そろそろ真面目に仕事をしなければならないな〜と思っているわけです。

別に今まで適当に仕事していたわけじゃないですよ。マンション関係の仕事に特化した仕事のやり方を構築する必要が出てきたということです。設計といえば図面を描いているイメージがあるのですが、マンション関係で一番使うソフトウェアってExcelなんですよね…で、Excelって画面が大きいと使いやすいんですよ。特に横に……しかもCADは拡大も縮小も適当にできるんだけど、Excelは縮小すると作業できないんですよ。あと、画面と出力が違うっていうのが、さらに一手間かかるわけです。便利なんですけどね…

で、書類の電子化とか、ディスプレイの増設とかを含めて考え始めると、そもそもMac使っている必要があるのか?とかでもiPhone便利だし…とか考え始めて、あーでもない、こーでもないとやっているうちに時間だけが経っていくというわけです。

ちょっと前まで断捨離とか実行していた人は成功したんでしょうかね……(多分もっと前は「清貧」とか言ってただと思うけど…)

というわけで、本年もよろしくお願いします。

 

2016年 新年のご挨拶

2016年1月4日

Felice anno Nuovo

あけましておめでとうございます。
昨年中はお世話になりました。
本年もよろしくおねがいします。

全く更新してないのですが、FBのほうがメインになって閉まっているので、こちらの更新が停まっているのですが……
ことしはまじめに更新してみようかしら……

2015年 新年のごあいさつ

2015年1月3日

年賀2015

あけましておめでとうございます

旧年中は皆様に支えられて、なんとかサバイバルできたという状態でした。
本年もよろしくお願いいたします。

余計なことは考えずにプロに任せたほうがいいんじゃないの……

2014年9月1日

最近、たいしたことも書いていない&更新も面倒くさいのであまりしていない、このWEBに、というよりかレンタルしているサーバーに不正アクセスがあって、ログイン出来ない状態が続いておりました。「何とかならないもんかな…」と思って、レンタルサーバーの手順にそってポチポチと復旧していたのですが、行き詰まってしまって結局サイトを作ってもらった人に復旧していただきました。やはり頭の中がMacOS9で停まっている人間には無理がありましたということで……

しかし連絡して半日で復旧ですから、もっと早く連絡しておけば、もんもんとした日々を送ることもなかったのかなと反省しきりです。今回の教訓は、つまるところ「その道のプロにお願いしたほうが、自分の時間を消耗するよりかはいい結果が出る」ということでしょうか。お金は増やせても、時間は一日24時間以上は増やせませんからね。

実際の所、世界の知識は本当に断片化してしてしまって、それぞれの専門家がカバーできる領域と領域の壁はどんどん高くなっているような気がします。僕は建築が専門だけど、専門以外のことになるとサッパリなわけで、何かを人と話すときも、結局自分の狭い領域の中で得た知見を元に話す事になるわけすから、それ以外のことを聞かれても、清々しいぐらい、サッパリなわけです。自分の領域の知識や実務はどんどん増えていくし、それ以外のことまで手を出す時間も余裕もないわけで、この傾向はこの先も続くんだろうなと思う次第です。

ということで、今後は「自分の手に負えないこと、わからないことは、潔く最初から他人に任せて、家に山積みになってる本やCDを消化する時間に当てよう」と心に誓ったのでした。

終の住処という幻想

2014年7月1日

とある調査によると、2040年には523の市町村が消滅するらしいですよ

公務員は安定した職場だと思って役場に就職したら、定年間近に消滅してしまいました…なんてことが、これから起こるということですね。でも人口減少なんて、随分前から言われてたことだと思うんですが……なんでいまさら驚くんでしょうね。うすうす分かってたけど、リアルな数字にされるとびっくりしちゃったってことでしょうか?

ベビーブームを除けば、日本の出生率は常に減り続けています。戦争中は産めよ増やせよで「たくさん産んだらお金をあげますよ」って言い続けてたんですが、敗戦で国が貧乏になってお金がなくなれば、自然と自分のお金の範囲で育てられる子供の数になっていったんでしょう。

とにかく、たくさんの市町村が今後消滅していく訳ですが、消滅するのはもっぱら現在過疎化が進んでいる地方です。UターンとかIターンとかいって、地方への回帰みたいなことを行ってますが、下手な地方にいってしまうとまともな行政サービスを受けられなくなっていく恐れがあります。

お年寄りの人が「今更、住む場所を変えられない」という思いを持つのは、何となく理解できますが、年を取って、足腰が悪くなってから、行政サービスが破綻してしまうと、本当にしゃれにならない事態が待っている気がしますので、ヤバいと思っている人は移住先の選定をしておくべきなんでしょうね……

ちなみに僕は、よくある駅前再開発事業で建設される、駅直結の高層マンションには、お年寄りが住めば一番いいと思っているのです。生活するのに便利というのはもちろん、他人が訪れやすいのは結構重要なファクターだと思っているからです。不便なところに住んで、出かけるのも大変、人を呼ぶのも大変ではマイってしまいますよ。

いままでの住宅双六では
「賃貸アパート→分譲マンション→一戸建て」
でアガリとなってましたが、これからはその先に、
「…一戸建て→駅前の小さめのマンション」
というマスが増えたと考えたほうがいいと思います。

自動車で例えるなら、カローラ→カムリ→クラウンであがったと思ってたら、レクサスが来たようなもんでしょうか。

ともかく「終の住処」なんていうのは幻想になりつつあって、生活に合わせて住処を渡り歩く方が便利な世の中になっていくのではと思ったりしてます。

他人はおもうほど、自分の「思い入れ」を評価してくれない

2014年5月26日

住宅を購入することは、僕は「投資」だと思っています。なぜならば、将来の価値が算定できないからです。将来の価値がリアルに算定できるなら「資産」と考えてもいいんですが、未来のことは予測できません。予測できないから「リスク」を考えなきゃならないわけです。

例えば、「住宅を購入したら、その後転勤を命じられた」というのはよくある話です。会社の人事の話なんかでは、子どもと住宅を買ったら、会社を辞めることはまずないので、多少の無理な命令も社員は聞くようになるそうですよ。かなり足元見られてますよね。でもそれも「リスク」です。

「隣に変な人が引っ越してきて、夜な夜な怪しげな集会が行われるようになった」。冗談のような話ですが、程度の差はあれ無いわけでは無いのです。実際、上九一色村とか、辺鄙な寒村が、一躍有名になってしまいましたからね。

最近では、分譲マンションを完売させるために、購入価格を安く設定した分譲マンションが売られています。が、当然そういう物件を購入する人達は、一般的に言えば、あまり裕福でない人たちです……よね。だから共益費や修繕積立金の滞納が多くなって、結果修繕も出来ないマンションに住み続けることになる……十分考えられることでしょう?

「リスク」の中には「自分がある程度コントロールできるリスク」と「まずコントロールできないリスク」があって、後者のリスクには本当に手の打ちようがありません。自分が食いっぱぐれないように、借金をしないように頑張ろう!とすることは可能かもしれませんが、隣にいい人が引っ越してくるようにコントロールすることはまず無理です。

コントロール出来ない状態になったら、一旦手を引かなきゃならない場合が出てきます。株や投資信託なら、株価が落ち込めば一旦手放すでしょう。家も同じで、あるところで手を引かなきゃならない場合があるんです。でも家の場合、「手を引く」=「家を失う」ということになるので、大概引き際を誤ります。それは「家」にリアルな資産価値以上の「何か」を持たせちゃう、持ってると信じてしまうからなんです。

他人の蒐集品は、興味のない人から見れば単なるゴミです。他人はあなたの家に、あなたほど思い入れもなければ、市場価格以上の価値を見出してはくれません。だから頭の片隅で「本当の価値」を常に考えておくべきなんです。