コロナの影響ってこんなところにくるのね……

2022年2月8日

僕の周りにも陽性者が出てきてます。自分は外で感染しないようにしてるし、外食するときも、コンビニで買って車内で食べてるぐらい気をつけてるつもりなんだけれど、もうそんなレベルじゃないなって気がしている。他人の行動はコントロールできないから……と諦めて、自分から近づかないしか方法が無いという感じです。身近で感染者が出ると一緒に働いた人間も疑われるし、影響出まくりなんだけれど……まぁ、ここまでくると感染するかどうかなんてほとんど運なんですよ。電車で隣にいる人が感染者かどうかなんて分かるわけもなく、わからないから避けようもなく、もうどうにでもなれって感じで日々過ごしてます。

それはそうと、この前実家のパソコンを交換しに行ったんですよ。3年前にセットしたノートパソコンを、新しいノートパソコンにするだけの簡単な仕事だったんだけど、まぁうまくいかないことだらけだったので、ここに書いて供養としておこうかな。

まず、新しいパソコンを注文するところから始めるわけだが、大体ノートパソコンは、特に気に入ったものがなければHP製を買うので、HPの直販webから選んで注文したのが去年の冬の初め。それがこない。確かに「入荷次第発送」となっていたけど、それが2ヶ月かかるとは思っていなかった……

そして年明けにきたんだけれど、コレがWindows11でした……なにそれ……注文した時はWindows10でしたよね……時期によっては変わるとなっていたけど、ホントに触るの初めてなんですけど……こちらもMacを漢字talk時代から使ってますからね。OSのバージョンが変わるといろんなモノが動かなくなるのはわかってますよ。めんどくさいなぁ……

幸い実家のパソコンなんでインターネットが観れて、MS Officeとメールが動けばいいんですよ。で、そのメールがどうもうまく動かない。プロバイダーに聞いたらoutlookを推奨してますって。あの標準メールアプリ(正式名称は知らないけどメールって表示されてるからメールなんだろうなぁ……)の存在意味ってなんなのか……

メールの移行も面倒だったけれど(契約書類を発掘してもらったことでだいぶ助かった)windowsの移行アプリって無くなっていたんだね……あれ僕みたいな素人が使うには便利だったのに……それで、One driveで同期させちゃおうかなぁと思ってたけど初期割り当て5GBではどうにもならんわ……で外付HDDでエイやっと移したいわけだが、流石に500GBぐらいになると、一瞬では終わらない……google driveに同期して、一晩経ったら出来上がりというわけでは終わらなかった……

僕自身は、もうプロバイダーメールなんて使わないし、携帯のキャリアメールも使わないし、保存はクラウドに分散しているから、新しいPC買って、まずインストールするのはChromeだったりするわけで、移行が苦になることはあまり無いんだけれど。コピーの進行を示すバーが伸びるのを馬鹿話しながら待っている時に、昔は苦労していたんだなぁと思い返していたわけです。

でも実家の両親のように歳をとると、アプリの見てくれが変わるだけで、途端に使えなくなることもある。クラウドにお金を払う意味も理解してもらえるか分からない。だからoutlookライクなアプリは需要はあるし、パソコンにデータが入っているという安心感は、今後も捨てられないと思う。

でもあと数年したとき、まだ半導体の供給に問題があって、個人レベルで機器の更新が難しくなったら、クラウド化せざるをえなくなるんだろうなぁ……と少し思った次第……

川底を覗いているとき

2022年2月1日

昔、まだ人に雇われていたとき、僕は勤めていた設計事務所から借りていたアパートまでたまに歩いて帰っていた。終電を逃したときだ。距離的には5kmぐらいだったから1時間も歩けば帰ることができた。

とはいえ、終電を逃すような時間まで働いていれば、少しでも早く帰って寝たいところだが、タクシーをガンガン乗れるほどの給料は貰えてなかったので、ちびちびコンビニで買ったものを齧りながら歩いて帰るのが常だった。そんな生活をしていた時、妙に気にかかる人にすれ違ったことがある。

僕が住んでいた町と、設計事務所があった町の間を行き来するためには淀川を必ず越えなくてはならなかった。深夜、たまに橋を渡っていると、時々釣竿を出している人がいることに気づいた。

大概の河川には漁業権があるが、僕が知っている限り淀川に漁業権はない。だから淀川で釣ったり獲ったりしたものは基本的にどう扱ってもいいのだが、大阪で過ごしたことのある人ならわかるが、淀川はどう言い繕ったって清流ではない。今はマシになってはいるが、昔は結構、というか本当に水質の悪い川だった。

そこで深夜に釣りをしている人がいるのだから、変わった人もいるもんだと思っていたのだが、何かがおかしい。近づいてみてみると、釣りをしている人の格好、服装が、明らかにレジャーで釣りをしている人ではないのだ。プロの漁師のような格好をしているわけではない。プロはプロでも料理のプロの格好だ。料亭とか割烹とかの調理場でよくみる、あの白い格好だった。

なぜか気になるので、その人と少し離れた位置で立ち止まって、僕も川を覗いてみた。夜とはいえ、川の匂いが鼻につく。何を釣っているのかが気になったので、手すりにもたれながら横目で伺っていると、彼は一尺ぐらいの魚を釣り上げた。そして足元のバケツに、釣り上げた魚を入れ、さっと竿をしまって帰っていった。残された僕にはさらなる謎だけが残された。

レジャーであるなら、キャッチアンドリリースだと思うんだが、持って帰るということは捨てるか、食べるかのどちらかでしかない。しかし淀川の魚が美味しく食べられるのだろうか。泥抜きとか手間をかけてまで食べる価値のあるサカナが釣れたのだろうか。

仕事をしていると、深夜に橋の上で川をじっと見たくなるときだってある。そういう気持ちは僕にも理解できる。そういうときに竿を出す気持ちもわからないでもない。ただその時は僕は間違いなく、淀川の魚を出す料理屋さんとはどんな店なのかということばかりを考えて歩いていた。

その後、僕は幾度も彼と橋の上ですれ違ったが、結局声をかけることも、お店の場所を聴くこともできなかった。まぁ聞いたとしても、僕の給料で行けたかどうかわからないけれど。

今となって思うことは、深夜、橋の上で、川底の方をじっと眺めている人間がいたら、他の通行人や、車のドライバーから見たら、結構気になる存在だなぁ……ということだけである。

記憶なんて使い道がない物ばかりじゃないの?

2022年1月25日

前の投稿で空耳アワーの話をちょこっと書いていたけど、もう一つ思い出したことがある。

これも初期の空耳の名作だがGanz’N RosesのMr.Brownstoneっていう曲がある。締めのフレーズ「I leave it all behind. Yowsa!」っていう歌詞が「兄貴の位牌、ヤクザ!」って聞こえるというあれだ。

なぜだか知らないけれど、僕はこの”Yowsa” という間投詞がすごく気になっていた。多分、世界的な名曲に使用されるぐらいだから、よく使われる言葉なんだろうが、当時の僕の観測範囲ではこの歌詞しか用例に気づけなかったからだ。それはそのままわからないままほっとかれていたわけだが、ある時、次の用例にぶち当たる。

1992年(日本では1993年公開)の映画、「A River Runs Through It」を観ていた時のことだったと思う。映画のワンシーンで、初老の男性がちょっとした人だかりの前で「Yousa!,Yousa!,Yousa!」と呼びかけるシーンがあったのである。

これを見たときの僕は「Yousa!」って言葉が本当に使われていた用例を見つけたのだという妙な喜びとともに、Yowsaという言葉を覚えていた自分に驚きを感じていた。どうでもいい記憶は、思いも掛けないところで繋がって、不意に思い出されてくるようだ。

多分映画館で、僕の隣に座っていた人は、なんともないシーンで急に前のめりになる僕を見て、気持ち悪いやつだと思っただろう。申し訳ない次第だ。

最初の歌詞 Mr. Brounstoneは1987年のアルバム「appetite for destruction」に収録されているから、おそらく1980年代の中頃にはロックスターが歌っても恥ずかしくないイケてる言葉だったはず。もうひとつの映画は1910〜1920年ごろのモンタナ州の話だ。

僕はネイティブスピーカーではないから、両方の正確な意味は捉えきれないけど、おそらくG’NRの歌詞の意味としては、「(俺は全てを捨てていくぜ!……)そうさ!」とか「ドヤァ!」って感じなんだろうけど、映画のセリフの方は映像を見る限り「はいはい!ちょっと注目!」という呼びかけだ。

ググったら「Yousa < Yes, sir」 という記述は見つかるのだけれど、それにしても意味が違いすぎる。言葉というのはこんなに短時間で変わるものなのだなぁと感心した記憶がある。

そしてこの話は、ここから先に展開はしない。僕は言語学者でも文学者でもないから、そこから先には興味がない。ただ記憶の残り滓というのは、ある日何かと繋がった瞬間、思い出されてくるけれど、ほとんどのジャンク記憶は死ぬまで、何物とも結びつかないままなんだろうなぁと思うぐらいである。

でも思い出すためには、ジャンクを溜め込んでおかなくてはならないわけで、人間の記憶というものは、いい加減であるけれど、よくできているものなのだというだけの話である。

それはそうとして、Mr.Brounstoneっていう歌は、最初からMr.とかmanって歌っているから当然ブラウンストーン氏は男性だと思っていたら、最後に “〜said I wish I never met her.”って歌うので、えぇ……ってなるような歌なのだが、男だと思っていたら、女だったのか……ってなったら、捨て台詞とともに全てを捨てて出ていきたくなる気持ちもわからんではない……

まぁパワーで押し切る歌なんだろうな……


困ったときに役になつのは、大体ジャンクな記憶

2022年1月18日

「素直になれなくて」という書き出しで始めようと思ったけれど、そういえばなんかこんなタイトルTVドラマとかあったような……なんて、気になるからググってみると、ドラマのタイトルと一緒にChicagoの曲もヒットしてきた。youtubeで観てみると「Hard to say I’m sorry」という名曲じゃないの。知ってるけど邦題を1ミリも知らなかっただけだった。ドラマの方も1ミリも内容を思い出せないけど……空耳アワーのネタはずっと覚えていたけどね。

それはそうと、素直になれなくて困った事態に陥ったことがある。

昔、北アルプスにから午前中に下山してきて、上高地でキャンプしていた時のことだ。上高地といえば北アルプスの玄関。バスターミナル、ホテル、キャンプ場などがある北アルプスの玄関口だ。あの頃は熊も出てこなかったので、手軽にキャンプをすることができた。

とりあえずテントを張り、ザックを置いて、温泉にでも入ってゆっくりしようということになって、昼過ぎからダラダラと遊んでいたわけだけど、そろそろ日も暮れてきたからテントに戻ってご飯でも食べようかという段になって、財布やらクルマのカギやら、つまりボクの全財産が入っていたウエストポーチを落としたことに気づいたのだ。

もうね、完全にパニックですよ。

こうなったら、ぼくは自分の歩いたところを歩き返す、同行者はバスターミナルの交番に届いていないか確認してもらうことにして、それぞれ僕のポーチを捜索することにした。もう日は暮れかかっていたがしょうがない。なにしろ見つからないと帰れないのだから。

色々探し回ったあと、最後にポーチをもっていた記憶がある温泉に行き、従業員さんに芳しくない返事を聞いた頃には辺りは暗くなっていた。見つからなかったけどタイムアップだ。一旦バスターミナルに戻り合流しようと思い温泉を出る時に、温泉の職員さんからご好意でこういう申し出をいただいた。

「ライト、お貸ししましょうか?」

僕はバスターミナルまで行くだけなので大丈夫だと言って遠慮したのだが、コレが間違いだった。温泉から出て10分ほど歩いたところをで、ほんとうに真っ暗になってしまったのだ。街の明るさに慣れきった僕は、完全に山の暗さを舐めていた。この時、一旦引き返してライトを借りればよかったのだが、一回断った手前、躊躇してしまったのだ。

そういうわけで困りきった僕は、この状況をどうにかしようとして、暗闇の中でアレコレ考えていたのだけれど、こういう時って本当につまんないことしか思い出さないんですよ。で、出てきた記憶が「しゃがんでみる」ことだった。多分、子供の頃に読んだ学習漫画かなんかで、忍者は暗闇の中で走ることができるのはなぜ?的な記憶からだっだと思う。この場面で役に立つのかどうかすらわからないけれど、思い出したのだからダメもとでいいからやってみるかと思い、しゃがんで地面に顔を近づけてみた。

道が見える!

多分、現象としては、暗闇といっても光はあるし、地面も僅かな光を反射しているだろうから、しゃがむと見えやすいということなんだと思う。こちらとしてはバスターミナルへの道さえ見えれば理屈はどうでもいいので、ちょっと歩いてしゃがみ、ちょっと歩いてしゃがみという具合に歩を進め、何とかバスターミナルまで辿り着くことができたのだ。

その後、親切な誰かがウエストポーチを拾い上げ、バスターミナルの交番に届けておいてくれたおかげで無事に帰宅することができたのだが、あの時の僕は、暗闇を舐めきっていて、その上、親切な申し出を断り、間違いに気づいた後も修正もしなかった。そんなダメな僕を僕を救ってくれたのは、子供の頃のジャンクな記憶だった。

なぜあのときに思い出したのかもわからない。多分困った事態に陥った僕の頭が、使えそうな記憶を引っ張り出してきて、たまたま当たりを引けただけだと思う。役に立つかどうかなんて、その時にならないと分からないもので、とりあえず適当に何でも頭に入れておけば、死ぬまでに一回ぐらいは役に立つこともあるんだなと思っただけだ。

ただ今から考えると、素直にホテルの人が申し出てくれたときに、素直にライトをお借りしておけば、こんな不確かな記憶に頼る必要もなかったわけで、困りきってジャンク記憶に頼る前に、他人の好意を頼っておくほうがマシだったなぁ……という話。

世間の人はそんなに餅をついたりしないし、丸めたりもしていない

2022年1月10日

僕の実家では年末に餅を作る。伝統的に杵と臼でつくやつではなく、機械でコロコロするやつで作るのだ(だから作ると書いている)。年末のある1日に実家に顔を出して、適当に餅を丸める作業を手伝って、酒を飲んで帰るというのが、その日のスケジュールの全てなのだが、実家の両親も、年齢的に今年で最後にしようかと言い始めたので、多分、来年の正月はサ○ウの切り餅とかを食べていることだろう。

で、僕の実家はずっとこの作業を、僕が子供の頃からやってきた。子供の頃は、親戚の家に集まって、僕が社会人になった頃からは実家で僕の親兄弟だけでやってきた。大体30年以上、年に1回は必ず餅を丸めてきたわけだ。餅が丸いか四角いかは関西と関東の違いでよくある蘊蓄クリシェなので深くは書かないが、ともかく僕は、少なくとも「餅は買うものだ」と思っている人たちよりは、餅を丸めてきた実績があるわけだ。そしてこの技術は、残念なことに、特に役にも立たなければ、披露する場もないのが現状である。

ところが、この技術が1回だけ役に立ったことがあった。建設業は古くからの慣習が根強くのこる業界だが、それでも近年、上棟式などで酒や食事を振る舞うことは少なくなった。今では、僕の知る限り、都市部では振る舞い酒や餅まきは鳴りを潜めて、小さな箱に入った日本酒を持って帰ってもらうぐらいである。そんなご時世なのだが、なぜか餅つきをすることになったことがある。

少し前のことだが、ちょうど年末に竣工を迎える予定の工事でのことだ。そこの工務店が餅つきでもしますかと提案してきたのだ。全ての段取り(餅つきは段取りが大変なのだ)を工務店がしますということで、せっかくの提案なのだからと、お施主さんの承諾を得てやってみたのだが、このときに僕は初めて知った。

世間の人はそんなに餅を丸めたことはないのだと。

次々と出来上がる、けっして丸とは言い難い形状の餅の数々に僕は驚き、そして餅を丸め始めた。餅は冷めると上手く丸まらない。丸餅が丸餅らしくできる時間は限られている。時間の許す限り僕はにこやかに餅を丸め続けた。そして僕は思ったのだ。役に立たない技術ってないよなぁと。

僕が実家に関係なく餅つきに参加したのは、後にも先にもこれ1回である。コロナ以降、餅つきなんてイベントは多分できないだろうから、これからもこの技術を披露する場はないだろう。でも1回だけは確実に役にたったことは間違いはない。

このことから教訓や教えを導き出そうとは思わないし、「役に立たない技術なんてないんだよ」などと分かったような言葉を書く気もない。来年から餅を丸める必要がなくなって、ちょとだけ寂しいという気持ちになっただけである。

2022年になりました

2022年1月4日
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2022年 明けましておめでとうございます。

あいかわらず筆無精ここに極まれりで年賀状も出さないので、せめてここでご挨拶ぐらいはと……

これを書くために自分のWEBの管理画面に入るパスワードを忘れてしまっていて、結局思い出せずに自分のMacの記憶に助けてもらって、入れたら入れたらで、PHPが古すぎるとかいわれる始末……とりあえずアップデートしたけど、ものぐさもいいところだよなぁ……

そもそもWEBページ作ってもらうときに、メンテがめんどくさくなさそうという理由だけでWordPressにしてもらったぐらいなので、別に書くことに飢えているわけでもないのですよ。むしろブロガーの人とか、youtuberの中の人とか、よく毎日ネタを探せるもんだと感心しているぐらいで……

とりあえず新年早々、ぼやくのもどうかと思うけど、僕の筆無精が治るわけでなし。仕事の関係で「何か書いてね」と依頼されたりすることもたまにあるけど、それも結構億劫だったりするわけです。書くのは嫌いじゃないけれど、クオリティが低いのが嫌になるだけなので、自分の文章を後で見返さなければ、ダメージも少ないわけです。

だいたい僕が普段、ぼーっと思っていることや考えていることは、当然すでに誰かが思いついたり、考えたりしているわけですよ。世間の人の半分は平均より上なはずですからね。自分で手を動かすよりも、先行者という巨人の肩に乗った方が楽なはず。

まぁどうしても調べたいことがあって、先行者が見つけられなければ、自分でなんとかしなくちゃならないんだろうけど、多分、ある日突然、野球場でぼーっとしているときに「文章を書こう!」とか急に思い立つというような、よく知られた天啓でもなければ、これから先も、自発的に文章を書くことはないのではないかと思うけどね。

まぁ今年もよろしくお願いしますというわけです。

 

電子化へのハードルは、高くないけれど、乗り越えるのがめんどくさいだけなんだろうと……

2020年4月20日

約束の時間を間違えたので、しょうがないから近くの喫茶店でこれを書いているのだけど、まだコーヒーの香りがしているので、コロナ的には大丈夫なんだろうなぁとぼんやりとしています。

いや、ぼんやりとしているなんていうと、僕に仕事を預けてくれる人たちに、「もう少し早くしろ」と怒られそうなんだけど、いったん事務所を出てしまうと、そんなに仕事ってできないんですけどね……じゃあ「PC持ち歩けばいいんじゃない?」とか言われそうなんだけど、いくら軽くなったといっても、常時持ち歩くのは重いわけで……ガラケーとiPadですら重たいので、スマホに戻そうかしらとか考えているんですけど……スタバとかで仕事をしていた人の仕事って、本当にパソコン1つでできる仕事なんだろうか……羨ましいかぎりです。

世間はリモートワークをやむなく初めているわけですが、これを機に長丁場の会議とかなくなって欲しいなぁと思っているわけです。ボクがいるところも、数年前、会議資料の電子化をしたら、すぐに紙ベースに戻って、理由が「読みにくい、メモ書きしにくい」という理由だったことを考えると、今までと違うことをするというのは、しょぼいハードルがたくさんやってくるみたいな感じだと思っていたりします。

建築の設計なんて仕事をしていると、最近はそうでもないですけど、図面は住宅ならA2サイズ、大きい現場ならA1サイズなわけで、それが100頁とかあるわけですよ。大きな机がないとできない仕事だったんです。それが今はPCで図面を描くようになりましたけれど、でも13インチとかの画面サイズで、最近のパレットの多いアプリを使うのは難しいわけで、結局大きな画面のデスクトップPCがなければ仕事ができないという環境は、当分続きそうな感じです。

アイアンマンで、トニー・スコットが3D空間上に図面を描いていて、いいなぁと思っていたけど、あんなに丸見えでは作業場以外での図面書きは無理だなぁ……

映画でも見て過ごす時期なんですよ……

2020年4月15日

そろそろCOVID-19の影響が、僕程度の地方在住の人間にも出てきました。まぁしょうがないかな。

スーパーゼネコンの工事現場でも感染者が出て、工事をストップするようですが、職人は食べていかないといけないから、ストップした工事現場にいた職人さんが、よその現場に行って、感染はどんどん広がるんでしょうね……東京の方はオリンピックをまだ1年後に開催する、開催できるつもりなのかも知れないけれど、どうにもならないでしょうねぇ……

感染が判明した人だけにでも当面の生活費を無条件に配ってあげればいいんでしょうけど、そうなると感染していないか検査してほしいという人が医療機関に押し寄せることになるんで、これも良くないと……

パンもケーキもない庶民は、緊急縮小財政に突入して、家で溜まった録画とか、積読だった本とか、アマプラで映画見たりしているのが一番ですよね……事実パンデミックとかゾンビ映画とかの需要が増えているそうですよ。

パニック映画を観ていると、必ずといっていいほど、事態を悪化させるトラブルメーカーが出てきますが、ああいう行動を見て、我が身を振り返る時期なのかもしれませんね……

なにも与えずに自粛しろなんて、そんなこと良く言えますね……

2020年3月31日

コロナ騒動もだいぶ佳境に入ってきたようで、とうとう有名コメディアンが亡くなったということで、朝のTVからヒゲダンスの軽快なベースラインが聴こえてくるようになってきました。しかしマスコミの人も病院前に押しかけたり、マスクもせずに親類縁者に押しかけてインタビューしたりしているので、当分コロナ騒動は続くのだろうなぁという感じしかしませんが……

しかしマスクは売り切れで手に入らないし、出会う人がマスクをしていないからといって、手持ちがなくなって困っている人かもしれないので、そのことだけであーだこーだいうような狭い心ではいないようにしようと思う次第で……

先日から政府が支援を検討しているだの、お肉券を配るだのいっていますが、要約すると、何も決まっていないし、なにをするかは今後検討するから、それまでは「高度な順応性を維持しつつ臨機応変に対処する」こと、という話なので、個人事業主としては、適当に生き抜いて行くしかないなぁという感想以外にはないんですけどね……

建設土木に関わる職人さんも簡単に休むなんてできないんですよ……昔から「土方を殺すにゃ刃物は要らぬ。雨の3日も降ればいい」なんて言いまして、日当で働く人に収入の保証もせずに活動を自粛してくれなんて言えませんよ……感染症も人を殺しますけど、経済的に困窮だって人を殺すんです。自粛を要請なんてことを言ってないで、生活費の心配はないから家でじっとしておいてくれって言わないと……

地場の建築屋さんができることなんて、現場の人に、感染症に気をつけてねって指示するのが関の山なんですよ。何も補償してあげられないから、自分で頑張ってってね……

そういえば、タイトルの元ネタ「Hou dere you!」を叫んでいた人は、その後どうなったんですかね……調べる気もないけど……

「言うだけはタダ」とは言うけれど……

2020年3月28日

最近のコロナの影響というわけではないのだけれど、とある知り合いの事業所が資金的にシンドイとかいう話が聞こえてきたことがあります。いや、急に聞こえ始めたわけではなくて、随分前から、そういう話は聞こえていたんだけれど、聞かないようにしていたわけで。それがイヨイヨ具体的になったというか、「具体的にショートする」という危機感が出てきたのかわからないんだけれど、支援するかどうかが会議の議題になったことがありました。

ところが、どうも出席者同志ですら噛み合わない。支援を前提として話をしている風なので、支援は規定路線だろうと思って話をしていると、「支援するかどうか、意見を聞かせて欲しい」とか言われてしまい、では今までの話はなんだったのかということになり、すでに長時間の会議で疲れているもんだから、言葉も荒くなるし、とりあえず当事者に話を聞いてみたら」とか言い出し始めて、もう僕としては「トップ数人デ、決メテクダサイ。決シテ後カラ文句ハ言イマセンカラ……」というのが精一杯

後日、当事者に時間をとってヒアリングをすることになったけれど、そこでも話が編み合わない。当人たちは「今期はこんな感じで好転しているからなんとかなる」としか言わないし、そもそも支援してくださいと正式に言ってきてないのに、呼ばれて事業内容とかに詳しい説明を求められた挙句に、支援するかどうかはまた考えますって……ボクが当事者だったら不快感が半端ない感じで顔に出ていたと思いましたよ……当事者でなくても不愉快でしたから……

ボクも個人事業主だから、時たま他所様から、仕事についてあーだこーだ言われることはあるんだけれど、基本的に僕からは言わないことにしています。事業を立ち上げて、手元の仕事をこなしながら、鳴らない電話を横目で見ていた時期なんて、そりゃ色々言われたもんです。やれ、もっと名刺を配れだの、営業に行けだの、ヒトを紹介してやるだのetc… でもそういうこと言う人って、絶対責任とってくれないんです。当事者じゃないから適当なこと言えるんです。言うだけならコストゼロですからね。

そもそも助言とかアドバイスとか、求められてもいないのにやるべきじゃないんです。そんなのは大概自己満足で終わりです。言う方はコストゼロでいい気持ちになるからいいんですが、言われる方はたまったもんじゃありません。

だからそういう不愉快にあった時は、ひとりで車に乗っている時に、ブツクサ言ってるわけですが、最近のドラレコは車内の声も拾っているので、万が一事故に遭った時に、検証で聴かれたら、もう顔から火が出るんじゃないかしら……と思う次第で……

どこかに内容が漏れないで、愚痴愚痴言っても差し支えない場所はないですかね……