ボーナスステージは終わった

2011年1月6日

僕は1973年生まれなので、いわゆる団塊ジュニアの世代に当たります。

子供が多いものだから、それこそ十把一絡げのように育ったわけですが、成人する時にちょうどバブルが崩壊し、「失われた10年」というモノがやってきました。今でもずっと続いている「就職氷河期」に突入した世代ということになります。 まわりを見渡しても、フリーターは当たり前。結婚していない人、結婚しても子供はいない人はゴロゴロいます。世間は第3次ベビーブームみたいなものを、僕らの世代に期待していたようですが、そもそも就職もしていない、食っていくのに精一杯な人間が多い世代に子供を作る余裕なんてありませんでしたという感じで、期待されたベビーブームは消失してしまいました。

あまり合理化されていない社会では、生産量は人の頭数で決まりますから、「人口が増える=豊かになる」という図式が大雑把に当てはまります。ですが、現代のようにある程度合理化が進んでしまうと、人が増えてもそんなに生産力は増加しません。むしろ期待される生産量から、食べていける人数をカウントして調整する方が、個人レベルでは合理的な行動になりうるからこそ、ベビーブームはこなかったわけです。

国土には限りがあり、人口が減るのだから、当然今まで埋まっていた住宅やテナントビルにも空きが出てきます。今までならたくさんの人が競って購入してくれた不動産も、購入者が減ることにより割安になっていくでしょう。非正規雇用が増えているので、住宅のような高額商品は購入すらしてもらえなくなりそうです。住宅よりは価格の安い車やバイクを所持している人の数も、海外旅行者の数も、毎年減っています。もう「モノはあるのに買えない時代」に突入しているのです。

頼みの綱だった団塊ジュニアですら子供を産まないのだから、「人口増で経済は上向く」という現象は、もはや見込めません。あれは戦争で焼け野原になって国家が破産し、そこから立ち上がった時に起こった一過性のボーナスステージだったと認識しなくちゃなりません。

部分的な経済成長は存在するので、ITバブルのような小さなバブルはちょこちょこくるかもしれません。しかし、おそらく今から生きていく人は、人生のほとんどの時期を経済が萎んでいく撤退戦として過ごすことになります。撤退戦を生き抜いていく為の住処。これからの住宅に求められるひとつの要因だと僕は思っています。

他人の部屋では、なかなかくつろげないものです。

2011年1月5日

年末から新年にかけて、家に人を呼んだり、他人の家を訪れたりする機会があった人もたくさんおられるのではないでしょうか?

他所の家にいくと、どうしても自分の生活との違いを否応無しに見せられるので、僕は結構面白かったりするのですが、人によっては居心地が悪かったり、妙に落ちつかなかったりすることもあると思います。

考えてみれば、自分と同じ人間は一人もいないのだから、人の生活というものは、それだけで非常にオリジナリティに溢れているとも言えるわけです。 しかし、生活が多様であるのに比べて、供給される住宅はそこまでの多様性を持っているかと言えば、そうでもないような気がします。

もちろん住宅を建てる土地というものが、ひとつとして同じものがないように、土地の上に建つ建物も、なにかしらの違いがあります。そういう現実的な差異ではなく、生活におけるコンセプトみたいなものの多様性があまりないということです。 例えば集合住宅などは、基準平面というものがあるので、わずかな差異はあれど、ほぼ同じ住戸が積み重なっています。その基準平面も売れ残らないように考え抜かれた結果、どの供給会社の住宅もそんなに変わった間取りはありません。

そんな同じ様な間取りが溢れているのに、他人の家にはいると、自分の家とは全く違うという事を感じるのは何故なんでしょうか?

それは家族構成や所持しているモノの値段や数でもあるのですが、一番大きな違いは「生活の中で起こってくる問題を解決する優先順位」というようなことだと僕は考えてます。モノが多くなると掃除は大変になりますが、掃除にかかる手間よりも、モノが増える事の喜びを感じる人なら、モノが多くなるのはしょうがないという感じでしょうか。

これから日本は人口減少社会になりますので、前の世紀のように建設期間も短く、コストも安い、画一的な住宅を大量に供給する必要は無くなります。おそらくは、多様で複雑な住宅が求められるようになるでしょう。 今後は金銭的にも物質的にも身の丈にあった、生活に寄り添うような家に住む。そういう事が当たり前になっていくのだろうと思います。

“閉じる”ことは、”開く”こと

2010年10月13日

レアアース(希土類)の話題を最近よく耳にします。英語で “rare earth elements” と綴られる通り、非常にレアな元素類の事です。実は金(Gold)などの貴金属の産出量よりは多かったりしますが、分離精製が難しいのでこういう名前になったのですね。

では反対に地球上で最も多い元素は何か? 実は酸素です。次はケイ素。その後アルミニウム、鉄、カルシウム……とおなじみの名前が続きます。ケイ素は半導体の材料でもありますが、ガラスの材料でもあります。

建物の材料として考えると、構造材として、鉄骨や鉄筋が用いられてますし、窓はほとんどがアルミか鉄のフレームにガラスをはめて制作されています。断熱材に用いられるグラスウールも文字通りガラス繊維(glass wool)ですからケイ素で出来ています。建物は、たくさん取れて、価格も手頃で、とりあえず枯渇する事のない材料で出来ている訳です。

建物というのは人間が生きる為のシェルターですから、人間の歴史と同じように長い歴史があります。とはいっても、狩猟採集の時代は獲物を追って移動する日々ですから、恒久的な建物なんて邪魔になるので必要ありません。いまでも遊牧民の住居は持ち運びの出来る組み立て式ですから想像はできると思います。だから人間が定住するようになって初めて地面に固定した建物が必要になってくる訳です。

エジプトやギリシャの石造の建築物は紀元前からありますし、日本でも竪穴式住居は旧石器時代の後期からあったようですので、人類は約一万年前には木を材料としてシェルターを建てていた事になります。いまでも住宅は木造が多いですから、家の材料は根本的にはあまり変わってない事になります。

しかし技術の発達によって近年、新参者が参入してきます。アルミニウムの窓枠、アルミサッシです。

アルミサッシは日本では昭和7年に村野藤吾氏が設計した近三ビルで初めて使われます。昭和7年ですから1932年の事です。昭和27年(1952年)には、今でも主流のアルミ押出成形法で造られたアルミサッシが前川国男氏設計の日本総合銀行で採用されます。昭和30年代からは住宅にも利用され始めて、昭和40年代の中頃には、ほぼ100%採用されるようになりました。

数千年の歴史を誇る材料群と、たかだか100年にも満たないアルミサッシの組み合わせは、けっこう巧く組み合わさった部分が多かったのですが、問題も出てきました。

熱伝導率と気密性です。

木や石に比べるとアルミは熱を通しやすいので、冬場は冷たくなるし、夏場は熱くなりました。加えて気密性が高かったので、建物の中から発生する水蒸気が上手く排気されなくなったのです。冬場に開放型の石油ストーブの上にやかんを置いて生活すると、窓際が結露水で濡れるなんて事は当たり前。最悪の場合、外部から酸素が供給されないので、不完全燃焼で一酸化炭素中毒なんていう問題も出てきました。

建物が高くなると、風も強くなるし、雨も横殴りで降ってきます。窓の気密性を下げると、水が浸入してくる可能性が高い。だから安易に気密性は下げられない。でもあまりに高い気密性で別の問題が起きてしまう。建築基準法でも室の換気量を決めたり、サッシメーカーも換気窓を設けたりしていたのですが、近年は常時換気システムを導入しなくてはならない所まできています。

雨風を防ぐ為に技術開発をしたら、逆に建物に穴をあけることになったという不思議な話が起こっているわけです。

a review of life

2010年10月6日

日々どこかしらで「デフレ」という言葉が飛び交っていますが、個人の力では何ともならないものですので、なるべく影響を被らないように生きていきたいわけです。個人的には、これだけ円高なんだから、もっと円高還元セールをやってくれても良さそうなのに……と思っているのですが、なぜだか知らないけれど僕の廻りではあんまり目につきません。かなしい事です。

ともかく「デフレ」というからにはいろんなモノの値段が下がるわけで、大阪の繁華街、御堂筋の地価もここ2年で44%も下がったそうです。御堂筋の地価が、関西全域の地価を代表している訳ではないですけど、程度の差はあれ、全国的に見ても同じように地価は下落傾向なのではないでしょうか。

地価が急激に下がって何が不都合かというと、税金が高くなる事です。土地や建物を持っていると、固定資産税を納めなくてはなりません。その税額は固定資産税評価額というものが基準になる訳ですが、だいたい3年毎ぐらいで見直されます。ということは、あまりに急激に下がり続けると、直近の評価額よりも高い評価額で税金が決定されることになります。つまり「地価は下がっているのに、税金は高いまま」ということになってしまうわけです。

その上、土地と建物をローンで購入していたら金利がつきますし、最近の経済状況から考えると収入が減っている方も多いでしょうから、まさに家計はボディブローのラッシュをもらい続けているようなものです。

こういった社会の大波に個人レベルで対応できることといったら、まず「借金をしない」。そして「無駄なものは買わず質素に暮らす」というぐらいしか出来ないのですが、実はこういう事が一番重要だったりする訳です。みんなが消費を抑えたら「デフレスパイラル」という、今となっては懐かしい言葉がチラつくのですが、そんなことはありません。 生きていく為には、多かれ少なかれ消費しなくてはなりません。

「消費が冷え込む」と批判している人もいますが、そういう人は「社会全体が浮かれていた」というバブル経済後の反省を忘れてしまっているのでしょう。なんのことはない、たくさん持ってる人はたくさん消費すればいいし、もってない人はそれなりに消費すれば良いだけの話です。

問題は「持ってないのに、持っている人と同じように消費する(したがる)」ことですが、借金できる金額に規制がかかるこのご時世では、身の丈にあわない消費をし続けることもまた難しいわけです。ともかく身の丈にあった消費をする事を批判されるいわれはありませんので、自分の「身の丈」を知る良い機会と捉えて、生活をスリムにしていくのが一番得策ではないでしょうか。

バブル経済の後に「清貧の思想」という本が流行ったの覚えておられる方もいるんじゃないでしょうか? 最近では「ITバブル」とか「ヒルズ族」とかいう言葉とともに成功者がもてはやされた時代の後に、「ロハス」とかいう言葉が流行った記憶があります。世間の風潮が行ったり来たりしているだけで、もとから質素に生きている人はたくさんいてたわけで、たまたま一時期そういう人達にスポットライトが当たっていただけと考えるべきなのではないでしょうか。

こういう時期は生活を見直す良いチャンスだと捉えて、積極的に身の回りを整理していけばいいのですが、残念なことに、こういう話は当たり前の結論に、当たり前のように着地して、そして当たり前のように忘れ去られていくのです……

必要な時に必要なだけ……

2010年9月24日

結婚や子供の誕生、学校への入学等、人生の大きな転機で住宅の購入に踏み切るという方が多いと思います。そして多くの方が、子供と暮らす期間は約25年程度であり、その後に同じ程度の期間、夫婦二人で暮らさなくてはならないという事実に目を瞑ってしまいます。

都市部ではかなり大きな家でもない限り複数世代同居は難しいですから、家族の構成人員は子供がいる時で最大。最終的には夫婦2人や独り住まいになる事が予想されます。そして子供がいる時期に合わせて家を購入してしまうと、老いて体力の弱ってくる時期に、自分達の生活より大きな家で暮らすことになります。

長い人生の中では、「大きな家」が幸せな時代もあるし、「小さな家」が幸せな場合もあります。田舎の大農家のように、3〜4世代の人間が一緒に住む伝統のある地域ならば大きな家も苦になりませんが、普通の人ならば自分の生活に合ったスペースで暮らすのが一番快適なはずです。

ちょっと古いニュータウンにいくと、その日の天気に関わらず、いつみても2階の雨戸が閉まっている戸建て住宅を目にすることができます。おそらく住む人間が減ったり高齢化したりして、生活が1階だけで完結してしまっているのでしょう。年金暮らしで収入が伸びないなか、いくら生活をコンパクトにしても、家が資産である限り税金は取られます。使いもしないスペースにコストがかかっていることに気がつくべきです。

ひとつ所に落ちつくのは確かに快適です。僕はここ10年で5回ほど引越ししていますが、その度に住民票の移転やインフラの移転手続きでヘトヘトになってしまいます。引っ越し代も馬鹿になりませんが、借金をしながら生きていくよりは、今の自分に見合った場所で快適に暮らす為のコストだと思って割り切っています。

それに引っ越しはモノを減らす良いチャンスです。旅行慣れしている人の荷物が少ないように、引っ越しもまた自分の所有物の要不要を見直す良いチャンスです。 自分の生活がどのくらいの広さを必要とするのか?そしてそれを維持する為にどれほどのコストがかかるのか?そういう事をちゃんと考えておかないと、払わなくても良いお金を払い続ける事になるのです。

機械の故障する時期

2010年9月13日

普段と同じようにPCを立ち上げるとインターネットに繋がらない。再起動したり、ケーブルをさし直したり、無線LANの電源を入れ直したり、そういう事をいろいろと試みたあげく、問題の起こっているであろう機器に目星を付け、マニュアルを引っ張りだして書いてある事を全てやってみたけれどやっぱり復旧せず……

しょうがないからサポートセンターに電話してみたけれど延々と保留音を聞かされ、30分後にやっと繋がったと思ったらわずか5分ほどのやり取りで機械の故障ですと断言され、保証期間内だったので、メーカーに送り返す為に梱包作業をしはじめたら、ちょうどいい大きさのダンボールが見つからないので家捜しをしたりして、やっと配送が終わった時には半日過ぎていた……

という経験をつい先日しました。なんの生産性もない作業をするのも疲れますが、やはり電話の接続待ちに対して一番気が滅入ります。

それはともかく、機械は必ず壊れます。その期間が1年なのか、10年なのかは機械自体によりますが、一般的に故障率はバスタブ曲線(故障率曲線)を描きます。時間の経過を横軸、故障率を縦軸にしてグラフに表すと、最初の初期故障期と経年変化による摩耗故障期が高く、その間の偶発故障期については低くなるので、ちょうどバスタブの断面図のような曲線が出来上がるわけです。

初期故障期は大体メーカー保証期間(大概1年間と設定されています)で対応できます。そこまで故障が無かった場合、だいたい買い替えの時期まで壊れる事はないというのが僕の実感ですが、一般的な実感としてもそんなに外れてはいないと思います。 そんなに高額でないものならば、故障をしたり、古くなって自分の要求するスペックを満たせなくなった時に買い替えればいいわけですが、高額機器の場合は、ある程度計画的に資金を持っておかなくてはなりません。

例えばエアコンは7〜8年で買い替える人が多いそうです。そのぐらいの期間になると、稼働はしているけれど、エアコンの効きが悪くなり、電気代が気になりだし、騒音がひどくなってきたりして買い替えようという気になる人が増えるというわけでしょう。ということは、7年くらいでエアコンを買い替えるお金を貯めておかなくてはならないというわけです。

最近では住宅設備の中にも高額機器が増えてきています。例えば太陽光発電システムはかなり高額なので購入時に補助金が出たりもしますが、残念ながら機械である限り、年々発電効率は落ち、いつかは壊れるわけです。購入時に資金計画モデルを示されて「機器購入費は電気を売った儲けで約何年間で回収出来ます」というようなことを言われるわけですが、それを見ても故障する事まで予想する人はあまりいません。そして修理代や再購入費に補助金が出るかというと、ちょっと難しいような気がします。

メーカーなら故障率は把握しているでしょうが、一般人がそういったデータを手に入れる事はあまり無いでしょう。ですから、一般的な対応として、メーカーの保証期間が過ぎれば機械は故障するという事を頭に入れて準備しておくしかありません。

住宅スペース的な事を考えると、万が一の為に機械の元箱を保管してたりする事が多いと思うのですが、後で箱付きで売るのでもなければ、保証期間が過ぎれば捨ててしまっても、ほとんどの場合は壊れる前に廃棄することになるので大丈夫という事です。大きな機械なら箱や緩衝材だけでも場所をとりますからね。

実際のところ、箱を捨てたあとに壊れたりすると、やっぱり段ボールを探しにいくしかないのでしょうけどね……

保険の本質はギャンブル

2010年9月6日

一昔前に「よ〜く考えよう〜お金は大事だよ〜」というキャッチコピーの生命保険CMをTVでよく目にしましたが、今回は「本当にお金のことは考えた方がいいですよ(保険編)」という話です。

そもそも保険というのは17世紀のロンドンに、海事に関する最新ニュースを提供することで繁盛していたコーヒハウスがあり、そこで「貿易船が難破したり、沈没したりして港に戻ってこないか、それとも無事に戻ってくるか」という賭けをはじめたのが始まりといわれています。今でいう海上保険に当たるわけですが、このコーヒーショップの店の名前が「ロイズ・コーヒー・ハウス」でして、今でも保険で有名なLloyd’sの発祥の地でもあります。

この歴史は保険というものの本質が「ギャンブル」である事を物語っています。

僕たちの身近にある保険も本質はギャンブルです。乱暴に言えば「一定期間内における加入者の生死」を賭けているのが生命保険。「一定期間内における、加入者の自動車の所有によって起こる損害の有無」を賭けているのが自動車保険。「一定期間内における、加入者の所有・管理する不動産おいて発生する火災の有無」を賭けているのが火災保険です。(ちょっと乱暴すぎるけど意味は通じると思います。)

生命保険の場合、加入者が賭けに勝つ時=加入者が死亡している時(最近は死亡する前に支払いしてくれる保険もあります)なので、なかなか保険会社との賭けに勝ったという実感は得られないでしょうけれど、その他の保険なら「加入していてよかった」と思えるたら、賭けに勝ったといえるでしょう。

さて、ギャンブルには必ずルールがあります。ルールが無ければ、勝ち負けを判定出来ません。そしてそのルールを作り、ギャンブルを円滑にすすめる「胴元=元締め」がいます。基本的にギャンブルはルールを設定する方が有利ですから、よほどの事が無い限り胴元が大損をする事はありません。

生命保険でいえば、保険会社が胴元にあたります。保険会社は確率やら統計やら、ありとあらゆるデータを使って賭けのルールを設定し、保険商品を販売します。ですから保険会社が損をする事は、よほどの事が無い限りありません。

保険のCMを見ていると、「将来の為に…」とか「万が一の場合」とか、そういう言葉とともに、「子供を抱いたお母さん」や「事故にあったり、突然の病に倒れたりはしたが、一命を取り留めた人の証言映像」等が用いられていたりします。保険会社はこういった手法でもって不安を煽り、自社の保険商品を勧めてギャンブルの参加者を日々増やしているわけです。

こんな事を書いてはいますが、僕は別に保険を否定している訳ではありません。生命保険に加入しているし、自動車の任意保険にも加入しています。ですが、本当に保険会社が宣伝するほど、僕たちの生活はリスクにあふれているかというと、多分そうじゃないと思うのです。

極論ですが、自分の資産の合計が500万円で、所持してる金融資産が500万円以上あれば、損害保険に加入しなくても、全て買い直せることになります。車の運転する人なら、事故を起こしたとしても、損害を支払えるだけの資産を持っているなら自動車保険に加入する必要も無いでしょう。

ですが、ほとんどの人は保険の販売員に勧められるまま加入しているというのが実態ではないでしょうか。それは自分が本当に望んでいる保険商品かどうかの確認すらしていないということであり、自分の身に降り掛かるリスクをまったく考えていないということでもあります。

リスクというのは「リターンの不確実性」のことです。生命保険でいえば「月々支払っている保険料に対して、どのくらいのお金が返ってくるのか」ということがリスクを考えることになります。普通に考えても「いつ怪我をするのか?」とか「いつ病気になるのか?」ということは非常に不確実、というより全く予想出来ませんから、生命保険というのは「リスクが高い=リターンが非常に不確実」な商品と考えられます。

「保険について考える」ということは「リスクについて考える」という事です。そして大事な事は「リスクに対して、どの程度お金を支払えばいいのか?」、それを自分で判断する事なのです。そもそも保険会社が潰れる時代ですから「保険に加入しているから安心」なんて思うのは間違いです。

リスクをゼロにすることは出来ません。未来に起こる事を予知する事も出来ません。ですから統計から算出しているであろう保険会社のデータを参考にするのは間違いではありません。ですがリスクを減らしていく事は出来ます。

所有しているモノが少なくなれば、モノを失ったり、破損する割合は低くなります。車を所有しなければ、自動車保険に入る必要は無くなります。健康的な生活をすれば、暴飲暴食を繰り返し、不規則な生活を続けるヘビースモーカーの人よりは、健康に対して払うお金は少なくなります。

この投稿の続きを読む »

防災の日ですから……

2010年9月1日

今日は「防災の日」なので、関係した話題をひとつ。

都市直下で起こった巨大地震であった阪神・淡路大震災の被害者は6,434人。その8割近い5,000人近い人が木造家屋の倒壊によって下敷きになり、即死しています。神戸市だけでも2,456人が亡くなっている訳ですが、その9割近い2,221人の人が建物倒壊から15分以内に圧死及び窒息死で即死したということが分かっています。

現在の耐震性を考慮した家屋であっても、淡路島の北淡震災記念公園で見学出来る野島断層のように、家を支える地面自体が1m以上も隆起したり横ずれしたりされると、とても安全性を維持するのが難しくなってきます。 では住宅に関して、東海・東南海・南海地震のようにくるのが分かっている巨大地震に対して何か出来る事はないのかというと、ちゃんとあります。

それは「モノを減らす」こと。そして「高価なモノを極力所持しない」ということです。

家の梁や上階の架構に押しつぶされるというのは、なかなか避け難いですが、転倒してくる家具に押しつぶされるというのはある程度回避出来ます。固定してしまえば避難する時間ぐらいはかせげます。モノが少ないと、倒れてきたり、壊れたりするモノも必然的に少なくなり、結果的に避難が容易になります。

避難所にはそれこそ身ひとつで入るはめになる事を考えれば、盗まれて困るものは最小限にしておかないと落ちつく事も出来ません。手に入りやすい商品で生活しておけば、失っても買い直す事が出来ますし、なによりも精神的なダメージが少なくて済みます。あとは最低72時間程度生き抜ける備蓄を用意して、災害袋を用意しておくことでしょうか。

そうはいってもモノを減らすのは本当に難しいです。特に思い入れのあるモノは手放しにくいので、とりあえず手近なものから減らしてみてはいかがでしょうか。読まなくなった文庫本や、時代遅れの自己啓発本なんかは売りに出してみるといいと思います。

建築家的営業をしておくと、耐震診断とか耐震補強に補助金を出してくれる市町村はあるので、そういうのを利用して自分達の住んでいる住宅が、どの程度の強度を持っているのか理解しておくのも大事な事だと思います。

お金のある場所

2010年8月27日

30年も支払い続けなくてはならない長期ローンは組んだらダメですよ、という話をずっとしている訳ですが、そんな事をいってもお金がないからローンを組むわけです。

家は欲しい。そしてお金はない。

そんなあなたにお金のたくさん眠っている所をひとつご紹介します。全ての人がこの方法を使える訳ではないのですが、ひとつの回答として考えてみてください。

2006年3月に内閣府/野村総研総合研究所が発表した【高齢者の金融資産の有効活用及び社会的責任投資等への資金流入の可能性に関する調査】という資料があります。その中に【年代階層別金融資産保有総額】という項目があるのですが、このグラフを見ると面白いことが分かります。

日本人の個人が持ってる金融資産の総額は約1500兆円と言われています。この資料では1400兆円を少し超えるぐらいでしょうか。最近の金融不安で少し減少しているでしょうが、日本人は投資より貯蓄する傾向があるので、それほど経済の波に大きく左右はされてはいないと思います。 そしてこの棒グラフをすこし見やすくして、持っている金融資産の量を円グラフにしてみますとこうなります。

調査段階で55歳以上、つまり現在60歳以上の人が持っている金融資産は、全体の68%程度ということが分かります。 55歳以上の年代が、ローンの支払い終えたり、子供の自立や退職金の支給等によって資産が大きくなっている面はありますが、主に住宅を購入したいと望む25歳~44歳の年代は15%程度しか持っておらず、一番お金のかかる買い物をしなくてはならない年代が、あまり資産を持っていない事は分かると思います。

ここまでくれば、頭金をどこから調達するかはもう分かりますよね。

可能であるならば、たくさん資産を持っている方に援助をお願いするほうが、金融機関の利益にしかならない金利をたくさん払うよりもいいような気がしませんか?

ローン返済額 ≠ 家賃

2010年8月20日

新聞報道によると、金融機関等が強制的に売る為に裁判所の競売にかけられた一戸建て住宅とマンションは、2009年度には前年の1.3倍の約6万戸になったそうです。 高いお金を払って住宅をせっかく購入したのに、なんらかの理由で手放さざるを得なかった人が増えてきているようです。

前年(2008年)の9月にリーマンショックがあり、そのまま金融危機になだれ込んだので、2009年になってからもボーナスが無くなったり給料が下がったりして支払いが出来なくなった人が多かったのでしょう。 それにしても記事中の「52歳、消費者金融に200万円の借金あり」の人物が、どうして頭金なしで70代半ばまで毎月10万円あまり返済し続ける住宅ローンの審査に通ってしまうのか?そちらのほうが怖いです。

最近は70歳代になっても、ローンの支払いが出来るほどの収入がある職に就けるのでしょうか? 70歳ともなれば、通常は年金暮らしと考えるべきですよね。自分の年金がいくら貰えるか、年金定期便を見れば分かるでしょうに、なんでこんなローンを組もうと考えたのでしょうか?というか金融機関はどうやって70歳代の人から回収しようと考えたんでしょうか?僕には全く分かりません。

住宅ローンを販売する金融機関にすれば、長期の融資で、かつ投資目的ではなく自宅としての案件ならば、回収不能となるリスクはかなり低いと考えられますし、債務者に家族がいればリスクはさらに下がると考えられるので、家族持ちで自宅購入者の長期住宅ローンは美味しい金融商品なのかもしれません。万が一、債務者が亡くなっても生命保険をかけていますし、最悪住宅を差し押さえて売り飛ばせば回収がゼロなんて事もありませんからね。

でも金融機関が勧めてくるからといって、それを額面通りに受け取ってローンを組んでしまう人にも問題があるのです。「現在お住まいの賃貸住宅の家賃と同額程度の返済額で、夢の一戸建てが手に入ります」なんて宣伝してきますが、よく考えてください。 賃貸なら家賃が払えなくなれば、もっと安いところに引っ越せばいいだけですが、持ち家の場合そうはいきません。

手放したくても、買い手が現れないかぎり売れない。しかも住宅の価値は下がる一方ですから、高値で売却できたとしても大概ローンの完済は不可能。破格の好条件で売却出来ない限りは、住んでもいない家のローンと、現実に住んでる住宅の家賃の2つを払い続けることになる訳です。

当たり前の事ですが、金融機関だって営利企業です。社会の変動が多少あっても、金融機関が個人相手に損をかぶるようなことなんてほとんどないと考えておくべきです。だからこそ、損をしない為にもお金の事はちゃんと考えるべきなんです。ローンを組まなくてはならない時は、返済計画をたてて、借入期間を最小限にする努力はするべきでしょう。

実際のところ、ほとんどの人は「お金もあまりない。でも長期のローンは組みたくない。」というのが現状だと思うのですが、返済期間を短くする方法は頭金をたくさん持つ以外はありません。

貯金が出来るまで家は買わない。単純ですけど、これが正解なのです。