この国で暮らしていくには「定住する居場所(住所)」は非常に大事です。住所を失うという事は、行政サービスを失う事だからです。 ネットカフェで寝る場所は確保出来ますが、住所不定では就職する事もままなりません。住所を失う事は、生き方をかなり制限されてしまう危険な事態です。
ですが「住む場所」は必要でも「持ち家」は必ずしも必要ではありません。
分譲マンションや建売住宅、注文住宅のような「居場所」は非常に高くつきます。よほどのお金持ちではない限り、長期ローンを組まないと手に入りません。 家を買うことになったら金融機関は当たり前のように返済期間が数十年に及ぶ金融商品を勧めてきますが、これは個人が生きていく上ではかなり負担を強いる商品です。むしろかなり特異な商品と考えたほうがいいです。
ちなみに30年前を思い出せますか?
1980年。 僕はまだ小学生になったばかりで、世界は自分の廻りだけで完結してました。
新幹線はまだ東京~博多間しか開通していませんでしたし、走っているのは「ひかり号」と「こだま号」だけでした。電電公社がまだ存在していましたし、JALは半官半民で経営されていました。任天堂はまだファミコンではなくゲーム&ウオッチの販売を開始したばかり。初代ナメ猫ブームとかルービックキューブが流行っていたその年に、家を30年ローンで買った人達が、今年支払いを終えます。
ローンを組んだ時に「バブル経済」とか「失われた10年」とかの経済的な浮き沈みがくる事を予想した人はいないでしょう。経済学者がいくら仮説を立てて未来を予想しても、その通りになる事なんてありませんし、どう考えても未来は予測出来ないのです。
未来を予測出来ないのに、なぜ長期ローンを組めたのか?
これはもう「時代の空気」ですよね。「結婚していい歳になったら家を買う」という空気。「日本経済はこの先も右肩上がりの成長をするであろう」という空気。「今の給料は少ないけど、このまま会社にいればいずれ高収入が約束されている」という空気。「会社が潰れることはない」という空気。
昔から「相場で失敗した」とか「会社が倒産した」なんて事はあったはずなのに、「そういうことは自分自身には降り掛かってこない」という根拠の無い自信が世間に満ち満ちていた訳です。だから長期ローンを組めたし、金融機関もお勧めしていたのです。
今は違います。僕は就職氷河期の人間ですから、知り合い正社員の道から外れて生きている人達がたくさんいます。そんな人達には「家を買う」なんて選択肢はほとんどありません。なぜならローンが組めないから。 でもこの世の中に、長期ローンを組まないと手に入らない生活必需品なんてあるんでしょうか?そういう商品があったとして、それを生活必需品と呼んでいいのでしょうか?
僕は違うと思うんですよね。







