僕の実家では年末に餅を作る。伝統的に杵と臼でつくやつではなく、機械でコロコロするやつで作るのだ(だから作ると書いている)。年末のある1日に実家に顔を出して、適当に餅を丸める作業を手伝って、酒を飲んで帰るというのが、その日のスケジュールの全てなのだが、実家の両親も、年齢的に今年で最後にしようかと言い始めたので、多分、来年の正月はサ○ウの切り餅とかを食べていることだろう。
で、僕の実家はずっとこの作業を、僕が子供の頃からやってきた。子供の頃は、親戚の家に集まって、僕が社会人になった頃からは実家で僕の親兄弟だけでやってきた。大体30年以上、年に1回は必ず餅を丸めてきたわけだ。餅が丸いか四角いかは関西と関東の違いでよくある蘊蓄クリシェなので深くは書かないが、ともかく僕は、少なくとも「餅は買うものだ」と思っている人たちよりは、餅を丸めてきた実績があるわけだ。そしてこの技術は、残念なことに、特に役にも立たなければ、披露する場もないのが現状である。
ところが、この技術が1回だけ役に立ったことがあった。建設業は古くからの慣習が根強くのこる業界だが、それでも近年、上棟式などで酒や食事を振る舞うことは少なくなった。今では、僕の知る限り、都市部では振る舞い酒や餅まきは鳴りを潜めて、小さな箱に入った日本酒を持って帰ってもらうぐらいである。そんなご時世なのだが、なぜか餅つきをすることになったことがある。
少し前のことだが、ちょうど年末に竣工を迎える予定の工事でのことだ。そこの工務店が餅つきでもしますかと提案してきたのだ。全ての段取り(餅つきは段取りが大変なのだ)を工務店がしますということで、せっかくの提案なのだからと、お施主さんの承諾を得てやってみたのだが、このときに僕は初めて知った。
世間の人はそんなに餅を丸めたことはないのだと。
次々と出来上がる、けっして丸とは言い難い形状の餅の数々に僕は驚き、そして餅を丸め始めた。餅は冷めると上手く丸まらない。丸餅が丸餅らしくできる時間は限られている。時間の許す限り僕はにこやかに餅を丸め続けた。そして僕は思ったのだ。役に立たない技術ってないよなぁと。
僕が実家に関係なく餅つきに参加したのは、後にも先にもこれ1回である。コロナ以降、餅つきなんてイベントは多分できないだろうから、これからもこの技術を披露する場はないだろう。でも1回だけは確実に役にたったことは間違いはない。
このことから教訓や教えを導き出そうとは思わないし、「役に立たない技術なんてないんだよ」などと分かったような言葉を書く気もない。来年から餅を丸める必要がなくなって、ちょとだけ寂しいという気持ちになっただけである。







