他人はおもうほど、自分の「思い入れ」を評価してくれない

住宅を購入することは、僕は「投資」だと思っています。なぜならば、将来の価値が算定できないからです。将来の価値がリアルに算定できるなら「資産」と考えてもいいんですが、未来のことは予測できません。予測できないから「リスク」を考えなきゃならないわけです。

例えば、「住宅を購入したら、その後転勤を命じられた」というのはよくある話です。会社の人事の話なんかでは、子どもと住宅を買ったら、会社を辞めることはまずないので、多少の無理な命令も社員は聞くようになるそうですよ。かなり足元見られてますよね。でもそれも「リスク」です。

「隣に変な人が引っ越してきて、夜な夜な怪しげな集会が行われるようになった」。冗談のような話ですが、程度の差はあれ無いわけでは無いのです。実際、上九一色村とか、辺鄙な寒村が、一躍有名になってしまいましたからね。

最近では、分譲マンションを完売させるために、購入価格を安く設定した分譲マンションが売られています。が、当然そういう物件を購入する人達は、一般的に言えば、あまり裕福でない人たちです……よね。だから共益費や修繕積立金の滞納が多くなって、結果修繕も出来ないマンションに住み続けることになる……十分考えられることでしょう?

「リスク」の中には「自分がある程度コントロールできるリスク」と「まずコントロールできないリスク」があって、後者のリスクには本当に手の打ちようがありません。自分が食いっぱぐれないように、借金をしないように頑張ろう!とすることは可能かもしれませんが、隣にいい人が引っ越してくるようにコントロールすることはまず無理です。

コントロール出来ない状態になったら、一旦手を引かなきゃならない場合が出てきます。株や投資信託なら、株価が落ち込めば一旦手放すでしょう。家も同じで、あるところで手を引かなきゃならない場合があるんです。でも家の場合、「手を引く」=「家を失う」ということになるので、大概引き際を誤ります。それは「家」にリアルな資産価値以上の「何か」を持たせちゃう、持ってると信じてしまうからなんです。

他人の蒐集品は、興味のない人から見れば単なるゴミです。他人はあなたの家に、あなたほど思い入れもなければ、市場価格以上の価値を見出してはくれません。だから頭の片隅で「本当の価値」を常に考えておくべきなんです。

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