一発勝負に勝つ才能を求められてもね……

センター試験も終わりましたが、当日の朝、大きな大学がある路線にのっていたら、それはもう大勢の学生が……頑張って欲しいです。

ボクが学生だった頃からセンター試験の時期は、とくに寒さが厳しいと言っていましたが、相変わらずこの時期に、どこかの遠くの場所で一回限りの試験をしているわけです。インターネットがあるご時世にですよ……

なんで日本では学生に一発勝負を挑ませるかという問題なんですよ。

一発勝負は、そこにピークを持っていける計画性のある人間が選抜できる反面、まぐれ当たりの一発屋を紛れることを防げません。運も実力のうちといいますが、学校の勉強ってそういうことではないでしょう。

問題は多いけど、いまだに世界をリードしているアメリカでは、センター試験っぽい共通試験(SAT)は、年に7回実施されて、何回でも受験できます。そのうちの1番いい成績をもって各大学を受験します。お金はかかりますが、学力で選抜するにはベターな方法だと思います。日本方式では、学力があるのに、当日の体調が悪い人も切ってしまいます。しかも4月入学だから再受験は1年後ですよ。

昨年は医学部で不正な受験方式が問題になりましたが、優秀な医者を育てるということは二の次だから、あんなことが起こるわけです。私学だったら寄付枠を作って、親がたくさん寄付してくれた人は、出来が悪くても学位をあげたらいいんですよ。明確な基準をつくって区別すればいいのに、建前の方が強いからなんでしょうね。

結局、大学は優秀な人材を育成するという目的を見失っているわけです。もちろん大学は研究機関という面もありますから、人材育成なんかしないで研究ばかりしたいという大学があっても言い訳ですが、それなら研究所でいいわけです。大学である限りは、学びたい人には、対価をいただいて学んでもらい、自分達の設定するレベルまで知識があると判断したら学位をあげればいいわけです。

日本の大学生って、入学するときは優秀らしいんですよね。大学で勉強しないとも言われ続けています。もしそれが本当なら、結局大学卒業しても、高校卒業レベルのことしかできないわけですから、入学して一定期間たったら学位をあげればいいわけです。寄付枠で入学させたら、寄付額が増えれば学位あげればいいんです。問題ないでしょう。

今まではカイシャが再教育していましたが、それも会社に体力があったから出来たわけで、いまでは即戦力をスカウトして食いつないでいるわけです。人を雇おうにも、判断材料のひとつである「大卒」というシグナルは役に立っていません。むしろ「〇〇大学入学」というシグナルの方を、判断材料にしている気がします。

なんで一発勝負を学生に求めるのか。それは、企業が求めるているのが、「優秀な人材」ではなく、「18歳の時に知識のピークがある、ひょっとしたら一発屋かもしれない人」なんだから、しょうがないですよね。

日本語は強力だから、日本で暮らしていけるなら一番便利なんですよ。でももう少ししたら、出来る人はみんな海外に知識と仕事を求めて出て行って、いっぱい稼いだ後に日本に戻ってくるもよし、その国に骨を埋めるのもよしといった国になっていくんですよ……たぶんね……

コメントをどうぞ