‘あれこれ思うこととかetc’ カテゴリーのアーカイブ

余計なことは考えずにプロに任せたほうがいいんじゃないの……

2014年9月1日 月曜日

最近、たいしたことも書いていない&更新も面倒くさいのであまりしていない、このWEBに、というよりかレンタルしているサーバーに不正アクセスがあって、ログイン出来ない状態が続いておりました。「何とかならないもんかな…」と思って、レンタルサーバーの手順にそってポチポチと復旧していたのですが、行き詰まってしまって結局サイトを作ってもらった人に復旧していただきました。やはり頭の中がMacOS9で停まっている人間には無理がありましたということで……

しかし連絡して半日で復旧ですから、もっと早く連絡しておけば、もんもんとした日々を送ることもなかったのかなと反省しきりです。今回の教訓は、つまるところ「その道のプロにお願いしたほうが、自分の時間を消耗するよりかはいい結果が出る」ということでしょうか。お金は増やせても、時間は一日24時間以上は増やせませんからね。

実際の所、世界の知識は本当に断片化してしてしまって、それぞれの専門家がカバーできる領域と領域の壁はどんどん高くなっているような気がします。僕は建築が専門だけど、専門以外のことになるとサッパリなわけで、何かを人と話すときも、結局自分の狭い領域の中で得た知見を元に話す事になるわけすから、それ以外のことを聞かれても、清々しいぐらい、サッパリなわけです。自分の領域の知識や実務はどんどん増えていくし、それ以外のことまで手を出す時間も余裕もないわけで、この傾向はこの先も続くんだろうなと思う次第です。

ということで、今後は「自分の手に負えないこと、わからないことは、潔く最初から他人に任せて、家に山積みになってる本やCDを消化する時間に当てよう」と心に誓ったのでした。

終の住処という幻想

2014年7月1日 火曜日

とある調査によると、2040年には523の市町村が消滅するらしいですよ

公務員は安定した職場だと思って役場に就職したら、定年間近に消滅してしまいました…なんてことが、これから起こるということですね。でも人口減少なんて、随分前から言われてたことだと思うんですが……なんでいまさら驚くんでしょうね。うすうす分かってたけど、リアルな数字にされるとびっくりしちゃったってことでしょうか?

ベビーブームを除けば、日本の出生率は常に減り続けています。戦争中は産めよ増やせよで「たくさん産んだらお金をあげますよ」って言い続けてたんですが、敗戦で国が貧乏になってお金がなくなれば、自然と自分のお金の範囲で育てられる子供の数になっていったんでしょう。

とにかく、たくさんの市町村が今後消滅していく訳ですが、消滅するのはもっぱら現在過疎化が進んでいる地方です。UターンとかIターンとかいって、地方への回帰みたいなことを行ってますが、下手な地方にいってしまうとまともな行政サービスを受けられなくなっていく恐れがあります。

お年寄りの人が「今更、住む場所を変えられない」という思いを持つのは、何となく理解できますが、年を取って、足腰が悪くなってから、行政サービスが破綻してしまうと、本当にしゃれにならない事態が待っている気がしますので、ヤバいと思っている人は移住先の選定をしておくべきなんでしょうね……

ちなみに僕は、よくある駅前再開発事業で建設される、駅直結の高層マンションには、お年寄りが住めば一番いいと思っているのです。生活するのに便利というのはもちろん、他人が訪れやすいのは結構重要なファクターだと思っているからです。不便なところに住んで、出かけるのも大変、人を呼ぶのも大変ではマイってしまいますよ。

いままでの住宅双六では
「賃貸アパート→分譲マンション→一戸建て」
でアガリとなってましたが、これからはその先に、
「…一戸建て→駅前の小さめのマンション」
というマスが増えたと考えたほうがいいと思います。

自動車で例えるなら、カローラ→カムリ→クラウンであがったと思ってたら、レクサスが来たようなもんでしょうか。

ともかく「終の住処」なんていうのは幻想になりつつあって、生活に合わせて住処を渡り歩く方が便利な世の中になっていくのではと思ったりしてます。

他人はおもうほど、自分の「思い入れ」を評価してくれない

2014年5月26日 月曜日

住宅を購入することは、僕は「投資」だと思っています。なぜならば、将来の価値が算定できないからです。将来の価値がリアルに算定できるなら「資産」と考えてもいいんですが、未来のことは予測できません。予測できないから「リスク」を考えなきゃならないわけです。

例えば、「住宅を購入したら、その後転勤を命じられた」というのはよくある話です。会社の人事の話なんかでは、子どもと住宅を買ったら、会社を辞めることはまずないので、多少の無理な命令も社員は聞くようになるそうですよ。かなり足元見られてますよね。でもそれも「リスク」です。

「隣に変な人が引っ越してきて、夜な夜な怪しげな集会が行われるようになった」。冗談のような話ですが、程度の差はあれ無いわけでは無いのです。実際、上九一色村とか、辺鄙な寒村が、一躍有名になってしまいましたからね。

最近では、分譲マンションを完売させるために、購入価格を安く設定した分譲マンションが売られています。が、当然そういう物件を購入する人達は、一般的に言えば、あまり裕福でない人たちです……よね。だから共益費や修繕積立金の滞納が多くなって、結果修繕も出来ないマンションに住み続けることになる……十分考えられることでしょう?

「リスク」の中には「自分がある程度コントロールできるリスク」と「まずコントロールできないリスク」があって、後者のリスクには本当に手の打ちようがありません。自分が食いっぱぐれないように、借金をしないように頑張ろう!とすることは可能かもしれませんが、隣にいい人が引っ越してくるようにコントロールすることはまず無理です。

コントロール出来ない状態になったら、一旦手を引かなきゃならない場合が出てきます。株や投資信託なら、株価が落ち込めば一旦手放すでしょう。家も同じで、あるところで手を引かなきゃならない場合があるんです。でも家の場合、「手を引く」=「家を失う」ということになるので、大概引き際を誤ります。それは「家」にリアルな資産価値以上の「何か」を持たせちゃう、持ってると信じてしまうからなんです。

他人の蒐集品は、興味のない人から見れば単なるゴミです。他人はあなたの家に、あなたほど思い入れもなければ、市場価格以上の価値を見出してはくれません。だから頭の片隅で「本当の価値」を常に考えておくべきなんです。

違うルールで勝負する

2013年1月29日 火曜日

一時期「ライフライン」という不思議な言葉がよく使われましたが、” Infrastructure “ 略してインフラのお話。

インフラとは国家や社会などの経済的存続に必要な基本施設のことを言います。ここ日本では、電気、ガス、水道のだったり、寒冷地では冬の灯油の供給は死活問題だったりしますので、そういうのも広義のインフラといっても問題ないと思います。そしていまではネットへの接続もインフラだと考えられます。

2009年、Paul. M. Romer(ポール・ローマー)というアメリカの経済学者がTEDで Charter Ctiesというアイデアについてスピーチしています。このスピーチの最初にアフリカの空港の灯りの下で勉強する学生達の写真が映し出されます。かれらは家庭用の電気がないので、夜は空港のあかりの下で勉強します。でも彼らは携帯電話は持っていてインターネットにも接続できます。携帯電話のようなここ20年で発達したテクノロジーを所持しているのに、100年以上前から存在する家庭用電気というテクノロジーが所持できないのは何故なんだろうか?という問いから始まります。

詳しくは動画を観てもらうとして、乱暴なまとめ方をすると、貧困から抜け出す為には香港やシンガポールのような周辺の都市とルールが違う特区都市(=チャーターシティ)という考え方を適用できないかという話なんですけど、なぜ5年も前の動画のことを書いているかといえば、ここ最近、インターネットがあまり繋がらない環境に一週間ほどいたからです。(接続速度はISDN以下でした。)

大都市でも建物の中やトンネル、地下鉄などで携帯電話の電波が届かないことがあるわけですが、それがずっと続く環境というのは不便なことこの上ないわけです。調べものをしようにも、今のwebページはFlashだの広告だのがたくさん埋め込まれているので、ページを開くだけでものすごい時間がかかるわけです。だからなにか調べようとしても調べられない。買い物も出来ない。その上、地理的に山の中なので物資も手に入りにくい。(その地域の人は行商で暮らしてるそうです)。住んでいる人はCATVのラインを利用した放送やインターネット網で暮らしているわけですが、通過するだけの余所者は、そのインフラにはなかなか入れないわけでして…(まぁ公衆WiFIがない訳ではないのですが、その場で契約できるわけではないですから)結局僕は一度家に戻った時に通信環境を購入して、もう一度もどることになりました。

ローマーがアフリカの某国の電力について語るところによると、既得権益者、つまりすでに電気を持っている裕福な人達や企業が助成金付きの安い電力を求めるので、結果的に電力会社は儲からない。儲からないから電力網を構築する余裕がない。だから新規参入組(つまり貧乏から脱却しようとする人達です)が電気を使おうと思ったら、開通工事代を丸まる支払わないとダメということになる。そんな高いお金は払えないので、貧しい人達はいつまでたっても電気が利用できない。だから貧しい子供たちはいつまでも空港の灯りの下で勉強することになるわけです。携帯電話は持っているのに……

じゃあなんで携帯電話は所持できるんだろうかというと、電力とは違うルールが適用されているからです。日本でも一時期、softbankが街中でADSLルーターをただ同然で配ってましたが、あのやり方の是非はともかくとして、結果として日本のネットへの接続料は劇的に安くなりました。それまでは電話会社のルールでしかインターネットに接続できなかったのが、softbankがADSLを引っさげて参入してきたことで、ルールが変わったのです。同じことをナイロビの携帯会社はやっているわけです。電力会社とは違うルールで勝負してるわけですね。

つまり何かを変えようと思ったら「違うルールで勝負する」ということが重要なわけです。

「まちおこし」とか「復興」とか、なんでそんなことをしなくちゃならないかというと、自分達のテリトリーから人が流出していくからです。つまり「まちおこし」というのは、その逆でソトから人を流入させようということですよね。「ナカのルール」がマズいから人が流出していくのに、それを変えないでソトから人がやってくるわけはないわけで……

そしてソトの人は「ソトのルール」を持っています。ソトの人の持っている「ソトのルール」と、訪れた地域の「ナカのルール」を比べてみて、「ナカのルール」に従った方が快適な生活がおくれるということになれば、ナカの人になってくれるわけです。

例えていうなら、常連さんが大きな顔をしてる呑み屋に入った時のアウェーな感じを楽しめる人なんて、あんまりいないんですよ。人間は趣味でもない限りあえて「不便な環境」には行きたがらないですから、ソトから人に来てもらいたかったら、滞在している間、気持ちよくなってもらうしかないんですよね。

地域の人だって携帯電話は持ってるので、僕も滞在している間、テザリングなどでネット環境を構築できる可能性はあったのに、その地域に通信会社の営業所が存在していないから手続きが出来ない。有線のCATVも一ヶ月とかの比較的短い滞在の為には加入料が高すぎる。その結果、僕はその地域の通信網には参入できなかったわけです。もしもその地域の行政が通信環境を部外者にも与えてくれていたなら、僕はあんなに不便な一週間を過ごす必要はなかったわけです。

(多分長くなるのでこの話の続きはちょこちょこ書いていくことになるんじゃないのかな……)

目的と道具

2013年1月13日 日曜日

僕が学生のころ、コンピューターの授業でBASICという言語を学びました。それを学ぶ中で僕は2つの事柄を実感しました。ひとつは「物事をつくるのには論理的な組み立てが必要だ」ということ。もうひとつは「それを行う道具は技術の進歩により常に時代遅れになる」ということです。いまBASICなんてほとんど使われていません。理系の方ならFORTRANを学んだ人も多いと思いますが、ある程度の科学計算なら、もはやEXCELで十分ですからね。

現在、建築の図面はCADで描かれます。頑に手描きを守っている芸術家肌の方もおられますが、業界のほとんどはCADを使用しています。CADが出始めたとき「やっぱり手描きじゃないと…」って導入に消極的だった人はたくさんいました。でも結局はほとんどの人がCADに変わりました。(非常に高価だったから導入できなかったという人もいましたが、そういう人はコンピューターの価格が劇的にやすくなった時にサクっと導入しています。)

携帯電話が普及してきた時も、いろんな理由をつけて、頑に所持するのを拒んでいた人もいましたが、そういう人は今も持ってないんでしょうか?多分違いますよね。ほとんどの人が必要に迫られて所持しているはずです。

なんで新しい変化を拒むのかというと、「目的」と「道具」を混同するからです。書道家でもない限り、鉛筆を使おうが、シャープペンシルを使おうが、どっちでもいいはずなんです。「目的」は「書く内容」であって、「何で書かれたか?」が問題ではないからです。

「目的」と「それを達成する為の道具」は分けて考えるべきです。

世の中には「長い時間変わらないもの」と「短い期間で変わるもの」の二種類があります。一番最初の例でいえば「論理的な思考」は「変わらないもの」、「BASIC」は「変わるもの」です。「目的」の寿命は長いけれど、「道具」寿命は、それに比べると短いのです。だいたいひとつの変化は、この両面をもっていると僕は考えています。

スマートフォンが普通になってきてますが、インターネットを使わない人がスマートフォンを持っていたって、使用料が高くなるだけで何もいいことはありません。らくらくフォンで十分じゃないでしょうか。

結論として、物事の変化が大きい時代になればなるほど、なにが「変わらないもの」であるかを考えないと、結局のところ道具に使われて高い授業料を払うことになるよってことです。

でもまぁ、高い授業料を払った結果、思いのほか面白いことにぶち当たったりするのが人生だったりするんですけどね……

全てにおいて合理的な判断なんて無理なんですよ

2013年1月11日 金曜日

省エネの話でもう一本。
個人の合理的な判断が、結果としては全体の不合理になるというお話。

ハイブリッドカーが増えてますよね。燃費も良いいからガソリン代も節約できるし、おまけに去年までは補助金もあったから、買い替える人も多かったとか。

そのなかでも代表的な車種はトヨタのプリウスです。そのプリウスを生産するには約11万9000メガジュールのエネルギーが必要なんだとか。

ガソリン1リットルのエネルギーは約31〜34メガジュールですから、丸めて35メガジュールと考えると、

119,000÷35=3,400

ということで、プリウス1台を製造するエネルギーは、ガソリンで換算すると約3,400リットル分になります。プリウスの燃費は32.6km/ℓですから、プリウスが手元に来るまでに、そのプリウスが約10万キロ走行しているのと同じぐらいのエネルギーを消費していることになります。

これなら4〜5年前に製造された低燃費を謳った中古車を買って、廃車になるまで乗り回した方が省エネじゃないでしょうか?

もちろんこれは僕の個人的な見解であって、1点の曇りもない真実というわけではありません。いいたいのは、ガソリン代を節約できるとか、そういう個人的に合理的判断や行動が、社会全体としてみたらそんなに合理的でもなかったりするという例がありますよってことです。

神様じゃないんだから、社会全体のことなんて見えないですよね。でも社会全体のことを常に考えて行動できるほど、人類は強くも賢くもないわけで……

結論としては、合理性なんてモノは半分ぐらい疑ってかかる方がいいよってことです。

省エネとかエコとかロハスなんてモノは、自分が好きなことをする時に頭の片隅に置いとけばいいぐらいモノなんですよ……多分ね。

渋滞とか混雑とか、無駄に疲れますよね……

2013年1月10日 木曜日

新年会の数が減ってくるにしたがって、体重計の数値が上がってくる今日この頃です。

この一時期に、多くの宴会が開かれるということは、それだけお金が動くということですから、飲食関係は稼ぎ時なわけで、経営者の人は笑顔の人が多いんだろうなと思う反面、実際にサービスを提供する人は大変なんだろうな……なんて考えながら、繁華街の呼び込みを、右に左に華麗に避けて歩いています。

それはともかく、普段は渋滞しない高速道路なのに、盆と正月だけ渋滞するとか、普段は乗車率が100%切って電車の路線なのに、盆と正月だけは100%を超えていたりとか、たくさんの宴会をさばく為に、注文・配送の量を多くしたりとか、大勢の人間が同じ行動をするという事は、多くのエネルギーを消費するという事です。

日付が変わったと同時に、多くの人が新年の挨拶をメールで送ることが原因でサーバーがとんだり、それを避ける為に通信制限をかけたりするのって、無駄の上によけいな手間もかかるでしょ。

振り返ってみれば、ほんの少しまえには「電気より命!」とか「たかが電気」とかいって省エネを連呼してたのに、そんなことも忘れて宴会とか帰省とかして、エネルギーの浪費をしてるわけです。慣習だからなかなか変えられないとは思うけど、反原発でデモをしていた時の何分の一かの情熱でもいいから、年始年末のエネルギー浪費に異を唱える人が出てきてもいいんじゃないの?とか考えてますが、いっこうにそういう話は聞かないわけです。(発言に影響力のある人は、いろんな関係にも縛られていて、うかつな発言をしたら食べていけなくなるなんてこともあるのかもしれませんけどね)

とりあえず、他人の行動を変える為に、デモとか広告でエネルギーを消費するよりは、自分の行動を変えるエネルギーの方が少ないので、自分が出来る省エネを、一人一人がしていくのが一番の省エネだったりするんですけどね。政府や大企業から、「節電しろー!しなきゃ電気代上げるよ」って上から目線で言われるよりも、自分の判断で、電気代やガス代を減らすほうが気分がいいでしょ。小遣いや食事がアップするかもしれませんし。

というわけで、結論としては「電気代減らして、お小遣いをupしてくれる可能性を少しでもあげよう!ついでに体重も減らそう!」ということです。

暑ければ脱げばいい

2011年5月25日 水曜日

僕の住む関西では、まだ「節電!節電!」といいつつも、東電管内ほど切羽詰まってもいないので、「それなりの」節電をして「それなりに」電気を使う生活をしています。おそらく夏になっても福井県の原発が一斉に点検に入り、再稼働出来ないという状況にでもならない限り、この傾向は変わらないでしょう。いわゆる「対岸の火事」って奴ですね。

考えてみれば電力業界というのは、一方で電気を売りながら、もう一方では「節電をお願いする」という不思議な業界でもあります。他の業界で考えてみると、例えばTOYOTAが「うちの製品にはあまり乗らないでください」などとお願いする事は、リコールでもかかっていない限りあまり考えられないわけですが、どうも電力会社というのはそれを常時、しかも本気でやっているわけです(思惑はいろいろとあるのでしょうけどね)。

とりあえず対岸から眺める関西人の僕としては、東電管内の人や企業が、どのように工夫して節電を行うのかが気になってます。すくなくとも切羽詰まっているぶんだけ関西人よりは頭を使っていろいろするに違いない。だから無数の効果のないダメなアイデアの中から、ものすごく効果的なアイデアが出てくるだろうと期待しています。それに「原発事故は文明災」とか「40年前の生活に戻ればいい」なんてことを口にするよりは、現状で実現可能なアイデアを考え出した方が生産的です。

植木等の無責任シリーズなどを観ると、麻のスーツに開襟シャツ、帽子に扇子まで装備しています。あれは映画ですし、今から観てもおしゃれな格好を皆がしていたとは思いませんが、映画の設定としては「職にあぶれた人が成り上がる」話なので、そんなに当時の現実から離れていたとも思えないんですよね。ということは、昔の人は暑ければ暑いなりの服装をしていた、すくなくとも開襟シャツぐらいは着ていたはずです。

比べて今のビジネスマンはどうですか?会社に麻のスーツなんて着ていった日には、多分出世出来ないでしょう。営業マンも極めると、真夏に背広を着てネクタイをしていても、取引先では汗すらかかないそうですよ。営業マンとしては正解なんでしょうけど、人体が持つ代謝機能的には間違ってますよね。

とかく日本人は「我慢は美徳」とか「忍耐」とか「欲しがりません。勝つまでは」とか、とりあえず「耐える」事に大きな価値を置いているような気がします。ですが暑いのを我慢してエアコンのスイッチを入れなかった為に、熱中症で病院のお世話になったり、最悪の場合は命を失ってしまうなんていうことは、決して褒められた事じゃないはずです。

暑ければ脱げばいいし、どうしても我慢出来ないなら、図書館や喫茶店などエアコンをつけざるをえない施設に一時的に避難するのもいいと思います。不快・不便を我慢するのではなく、なるべくそれらが少なくなるようなアイデアを実行するほうがいいのです。不満を口にしながら生きているより健康的ですしね。

そろそろ「我慢は美徳」という考えとお別れしたほうがいいんじゃないかな…というお話でした。

具体的かつ曖昧な数字

2011年5月12日 木曜日

菅直人首相が中部電力の浜岡原発を停止させます。その根拠が「今後30年の間に、大地震が発生する確率は87%」だからだそうです。

この発言の本当の意味は「歴史的記録から推し量ってみると、東海沖から紀伊半島沖の海底で周期的に地震が起こってきたように思えるので、多分もうちょっとしたら大きな地震が起こるんじゃないかな」というぐらいの意味です。それを「今後30年」とか「87%」といったような「具体的かつ曖昧」な数字を出してしまうからパニックになってしまうわけです。

それで、この「具体的かつ曖昧」な数字というのが今回のテーマです。

文字通りの意味で「今後30年間で87%の確率」で地震が起こるというなら「幸いにも今年はもう地震が発生しなくて、なおかつ来年から30年間に地震が起こる確率」はもっと高くならなければならないはずです。なぜなら発生するといわれているのは活断層型ではなくプレート型の地震ですから「時間の経過=プレートのひずみ量の増大」であり、プレートがひずみを吸収出来なくなったその時、地震が発生すると考えられているからです。ではいつか限りなく100%に近い値になるのでしょうか?もちろん違いますよね。

科学っぽい言い回しで「今後30年間で87%」という言葉の意味を述べると「発生確率というものを定義し、ある「仮定」を基に計算をした結果が「87%」でした」という程度のことでしかありません。でもこれは一般的な人が思い浮かべるイメージとはすこしかけ離れているような気がします。

現実的な事を言えば、根拠を無視して仮定を設定できるなら、どんな数字だって作り出す事はできます。つまり具体的な数字を出すときは、計算の元になった仮定や根拠と一緒に出さないと意味が無いのです。

しかし今回、国の代表者が「前提条件」も述べずにただ数字だけを発表してしまって、マスコミも前提条件や根拠に対して突っ込まないということが起こった結果、「今後30年で87%」という数字だけが一人歩きしてしまったあげくに、発電所が停止してしまいました。

同じような例として、福島第一原子力発電所から漏れてくる放射線の値も最初は「○○シーベルト」って言ってたのが、最近は「○○ベクレル」と変わっています。(ちなみにチェルノブイリ事故の時代は「○○レントゲン」と線量を発表していました。これは単位系が新しくなったからです。)「シーベルト」と「ベクレル」、単位が違えば表す意味も当然違うわけです。でも実際のところ数値の大小だけではなく、しっかりとしたイメージを持って数値の意味を確認している人は少ないのではないでしょうか。

残念なことに、地震予測はいまだに不確定な技術なのです。
兵庫県南部地震も福岡県西方沖地震も新潟中越沖地震も、そして今回の東北地方太平洋沖地震も、事前に発生確率なんて聞いた事なかったのでないでしょうか。いままで地震発生確率なんて口にしなかったのに、いきなり「87%」なんて言い出すモノだから困ってしまうわけです。

「地震はおそらく来るでしょう。」
「想定している場所で、想定しているメカニズムで発生したと考えた時、
 おそらく現在発表している程度の規模になるでしょう。」
「でも実際の発生時期も規模もわからないよ」

本当はこう言ってるだけなんです。残念なことなんですけどね……

ということで、僕たち一般人が出来る事といったら、いつ地震が来てもいいような心構えと逃げる準備をしておくぐらいなんです。防災グッズを揃えたり、避難場所を確認しておくなんてことまで出来たら、なお良いでしょうね。

部屋が寒いという問題

2011年1月24日 月曜日

年間を通して、今が一番寒い時期です。こういう時期なので「寒さ」と関連のある話をしようと思います。

日本では暑いときと寒い時に増える死因というのがあります。例えば夏に多い熱中症とか、冬に多いインフルエンザ等、人間は暑くても寒くても、体に不調をきたすことが多いという事は、直感的に理解できるものだと思います。そして死因の統計を取っていくと、冬場にたくさんの人が、急激な温度変化によって亡くなっている事が分かっています。その多くは心疾患とか脳血管障害だったりするのですが、これがいわゆるヒートショックってヤツなのです。

ヒートショック、ご存知ですか?

ヒットショックとは、温度変化の激しい環境にさらされると、血圧が急変して、脳卒中や心筋梗塞などが引き起こされる現象のことです。暖かい場所から、寒い場所に移動すると、人体は体温を保とうとして血圧が変動します。その変動についていけなくなると、血管が破れたり心臓の動きが不規則になったりと、いろいろ困った事になるわけです。

ヒートショック対策としては、生活する範囲にあまり温度差をつけないということになるのですが、これが北海道と東北の一部を除く地域の家では、けっこう難しいことだったりします。北海道ぐらいの寒さになると、基本的に家中を暖房するのが当たり前。冬の間は暖房はつけっぱなしということも多いのですが、それ以外の地域では、気候的にも部屋ごとに暖房する方が効率がいいからなんです。最近ではトイレや脱衣所、風呂場に暖房を設置するようになってきていますし、後から設置出来る機器も多く販売されているので、そういった設備を利用されている方も増えています。ですがそういった設備ではカバー出来ない場合もあります。

冬の朝、寒くて布団から出られないなんて記憶はありませんか?寝ている時、寝具の中の温度はほぼ体温と同じ35度前後の温度を保っています。近年は住宅の断熱性や気密性が上がっているので、寝ている時に暖房を切っても以前の住宅に比べると室温が下がりにくくはなっているのですが、それでも真冬の明け方なんかは10度以下になる事もあります。そういう環境で、明け方にトイレに行こうとしたら、布団の中は35度。布団から出たら10度。廊下やトイレはさらに寒い、となればヒートショックも起こるというものです。

対策としては、やっぱり暖房をかけて寝るという事になるのですが、開放型の暖房器具を寝ている間もつけっぱなしというのは、火災の問題もあり、かなり抵抗があります。エアコンだって電気代が気になってしまいます。そもそもエアコンの暖房では設定出来る温度が結構せまいので、ユルく暖房をするのは難しいですし、何よりも空気が動くので直接風が当たると体温を奪われてしまいます。オイルヒーターのような輻射熱を利用する暖房を弱くかけておくのは良い手かもしれませんが、これも電気代が気になります。

なにか火災が起きないような、そしてあまりエネルギーを消費しない熱源を確保出来ればいいのですが、これといったモノはありません。家全体を暖めておく暖房があればいいのですが、気候が温暖な地域ではなかなかそこまでの設備を導入するのは、コスト的に難しいことが多いので、やはり各人で工夫して頂くしかないのが現状です。建築家としても、高い断熱性能の仕様で設計すること以外、これといった解決策は無かったりします。

日本でのヒートショックの発生件数は、世界的に見ても多い事が分かっています。原因は夏が暑い為に「夏は暑く、冬は暖かい」よりも「夏は涼しく、冬は寒い」という居住環境を選んできたことが一因だといわれています。ですが技術も材料も改良されてきていますので、しっかりと断熱した家を造る事で、ある程度の発生件数を減らす事が出来るようになると思われます。

家全体に空調をかけるコストが安くなれば、諸外国並みの数字に落ちつくとは思いますが、たとえエネルギーコストがゼロになったとしても、完全に解決はしないという難しい問題ですね。